悲しき携帯


 今日は、職場に携帯を持って行くのを忘れてしまった。

 出勤の日の朝は、携帯の目覚ましで起きている。現在セットしている曲は
「力石徹のテーマ

 わしは目覚めはすこぶるいいので、いつも目覚ましが鳴った瞬間にガバっと起きる。そして、マナーモードにしてからカバンの中に携帯を放り込むのである。

 しかし、今日は、携帯が「力石徹のテーマ」を奏でる前に起きてしまった。それで、携帯の存在を全く忘れてしまっていたのである。こうしてみると、携帯の目覚ましに勝つのも良し悪しだ。

 携帯を持ち忘れたのに気がついたのは、朝、駅に向かって歩いている途中であった。引き返す時間的余裕がないわけではなかったが、あまり携帯にメールは入らんし、今日は人と会う約束もないから、別に構わんだろうと思ってそのまま職場に向かった。

 ただ、携帯がないとサテンで惰眠する時に困る。昼休みに昼寝をする時は、携帯の目覚まし機能を利用しているのであるが、昼寝した際はほとんどの場合携帯がバイブするまで眠りこけているので、携帯がないとやばいことになる確率が高いのである。

 というわけで、今日はサテンで本を読むことにした。しかし、持っていた本が悪かった。「ブラジルの挑戦」という堅い本を選んだので、読んでいる途中で猛烈な眠気に襲われ、そのまま意識を失ってしまったのである。

 で、気がついたら、昼休みの時間を大きくオーバー。
ま、携帯忘れたんだからしゃあねぇか。

 で、家に帰って携帯を見たら、携帯は点滅していなかった。つまり、誰からも連絡がなかったわけだ。


 悲しいのぉ。携帯が役立つのが昼寝の時だけだなんてよ。


 しかし、わしよりもっと悲しい奴が同僚にいる。
その男は常に携帯を家に置いているという。

 なんだ、そりゃ? 携帯の意味が全くないぞ。


 ということは、それほど携帯に電話がかかってこないのか? 
だとしたら、そのおっさん、悲しみ組所属である。  

 さて、これからラグビーのイングランド−南アの大一番を録画しながら日本シリーズを見るか。

 
土曜の夜にまっすぐに家に帰って、好きでもないチーム同士の日本シリーズを膝抱えて見ているようでは、わしも悲しみ組だな。そして、このままいけば号泣組に転落する日も近いだろう。



次のページへ進む 前のページへ戻る
日記目次へ戻る トップページへもどる