訃報が入る

 
 昼過ぎ、とっつぁんから電話が掛かってきた。
「あんたは月曜に休みを取るから、家にいると思った」だと? 

 今、ワールドカップ期間中というのを忘れてもらっては困るな。今週も休みが不規則なんだよ。

 とっつぁんのオヤジさんが3日前に亡くなったそうだ。で、明日、家族だけで告別式をやると聞かされた。だから、香典とかは一切いらないと言われた。

 とっつぁんのオヤジさんは、長いこと伏せっており、
「先は長くないと覚悟はしていたけど、いざ死なれると、こみ上げてくるもがある」と、とっつぁんは悲しげであった。

 とっつぁんは、
「覚悟を決めていたわしだってそうなんだから、あんたがどれだけ悲しい思いをしたか、よくわかったよ」と続けた。

 わしの場合、耐えがたい悲しさが襲ってきたのは、母親が亡くなってから2日後だった。当日や翌日は、電流に打たれたようなショックで、悲しいという感情は沸かなかった。

 今だから告白するが、情けないことに、わしは母親の通夜と告別式に出席できなかった。

 そして、未だに母親の遺影を見ていない。いや、見られない。だから、実家に住むなど論外なのである。

 とっつぁんのオヤジさんは、太平洋戦争で乗っていた船がアメリカ軍に沈没させられ、泳いで近くの島まで辿り着いて一命を取り留めた経験がある。

 泳いで島に渡ろうとした際、怪我をした戦友を背負っていた。が、戦友に、
「俺を背負っていたら、2人とも死ぬことになる。俺を捨てて、お前だけでも助かってくれ」と懇願され、泣く泣く戦友を海に捨てたという壮絶な戦争体験を持っている。

 とっつぁんは、
「そんなふうに戦争をくぐり抜けた人間も、結局は死んでしまうんだね」と、世の無常を語っていた。
 
 とっつぁんは、オヤジさんが息を引き取ってすぐに葬儀屋を手配したそうである。

 だが、その葬儀屋がニコニコしながら接してきたので、
「こちらを悲しませまいとしているのはわかるんですがね、ニコニコするのは止めてもらえませんか」と、やんわり抗議したという。そしたら、その葬儀屋は、えらい恐縮していたとか。

 昨今、家族葬や密葬が多くなったので、葬儀屋も経営が大変らしい。昔は、1か月に遺体が2つあれば、左うちわだったようだが。

 とっつぁんは、坊主代が高いのに吐いていた。何十万と払わないと戒名がつけられないたぁ、人の弱みにつけ込んでいるわな。

 携帯電話を持つと、かみさんの操り人形になることから、とっつぁんは、携帯電話を持たない主義だった。しかし、おふくろさんのヘルパーとの連絡もあるし、ついに携帯電話を買う決断をしたくせぇ。

 ったく、今日日、携帯電話を持ってない奴なんていねぇよ。果たして、とっつぁんは携帯電話を使いこなせるのか? 

 今日は七夕か。わしも短冊に、
「実家の借り手が決まりますように」と書きてぇ。しかし、そんな願いごとが叶えられないことなど、百も承知。

 この前の麻雀で大逆転負けを喫した競馬がヘタクソな奴が、数日後、
「今は無の境地です」とメールしてきた。

 今、わしも無の境地にある。このまま無の世界に旅立ってもいい…。


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