甲子園博物館

 
 プー太郎生活1384日目。

 ヤクルト−読売でイライラしていたところ、弟から電話が掛かってきた。

 昨日から京都へ出張していて、今日、神戸と甲子園博物館に行って来ただと? 

 神戸といえば、神戸ポートタワーである。そして、神戸ポートタワーといえば、ウルトラセブンvsキングジョーである。

 弟も、ウルトラセブンvsキングジョーについて触れた。血は争えんな。

 今日は甲子園球場での試合がなかったので、甲子園博物館は空いていたそうである。

 甲子園博物館は阪神コーナーと高校野球コーナーで分かれているのか。そりゃ、そうだわな。

 阪神コーナーで展示品が最も多いのが故・村山実氏とは意外である。村山氏は、あまりの阪神愛で早死にしてしまった…。

 弟は、小林繁氏の扱いが粗略なことを残念がっていた。それは、小林氏が生え抜きでないからか? 

 江川事件では当時の小津オーナーも暗躍したから、阪神としては小林氏に負の思いもあるのだろう。

 山ほど展示品があるのは、1985年の優勝時の物なのは当然であろう。あの年は阪神ファンには特別な年であった。

 当時はプロ野球が最高の娯楽だったし、読売も優勝争いに絡んでいたからな。

 また、当時は、環状線の中で聴いていたラジオをぶっ壊したおっさんなど、頭の線が切れていたおっさんファンがぎょうさんおった。

 1985年のペナントレースで熱狂的な阪神ファンの上岡龍太郎の頭が真っ白になったのは、よく知られるところである。

 そのシーズン中、上岡龍太郎は西本幸雄氏に、
「ホンマに優勝できまっか?」と、何度もすがっていたという。

 西本氏はその度に、
「あんた、いつもの年と言うことが違うやないか」と苦笑いしていたと聞いた。

 1985年の優勝を知らない阪神ファンはハガいと言える。阪神ファンでないわしも熱狂したし。

 
「高校野球コーナーには、浪商−法政二も、江川も、バンビ坂本も、荒木大輔も、みんな、写真があった」とのことである。

 こりゃ、わしも一度は行かないとならんな。その機会はなかなかないが。

 1985年が阪神ファンにとって伝説なら、高校野球ファンにとっては1983年の夏が伝説である。高校野球コーナーには蔦監督の写真もあろう。

 ほぉー。土曜の朝は、関西のローカル局で福本豊氏が阪神ファンと化して関西弁で大暴れしているのか。

 福本氏が関西で大人気なのもわかる。それと、福本氏が全国放送で起用されなくなったのもわかる。

 今日のヤクルト−読売のコメントだと? ノーコメントだ。

 ヤクルトの先発オーダーを見て吐いたことだけは書いておきたい。

 ハガい。豚丼の豚肉の量が多すぎだ。今、胸やけがしている。

 これで、明日、豚肉の生姜焼きが食えるのか? たぬきうどんに日和るかもしれん…。

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