1974年

選抜

 
さわやかイレブン

 まだ小さくそれほど高校野球に肩入れしてなかったこともあり、正直あまり記憶にない。ただ、鮮明に覚えているのは池田高校の活躍である。

 当時ベンチ入りは14人であったが、池田高校は部員が11人しかいなかった。山間の県立高校のため部員が少ないのだろうと思われていたのであるが、実は蔦監督の練習が厳し過ぎ、多くの部員がやめていったことが部員が少ない原因であったという。

 11人しかいないベンチ入りがいない池田があれよあれよという間に勝ち上がっていったのだから大きな話題となった。自分も、勝って校歌を歌う時、他の高校よりも短い列だったことに何気に感動した思い出がある。

 決勝戦では惜しくも地元の報徳学園に1−3で惜敗したが、その試合、池田のプレーに地元の報徳学園よりも大きな拍手があったことも印象深い。後に、当時の報徳学園の監督であった福島敦夫氏もNHKの解説時に、「本当にやりにくかったです」と振り返っている。


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