交流試合初日

 
 プー太郎生活1839日目。

 交流試合を
「竹光での斬り合い」と書いたことを猛省したい。

 第1試合、第2試合ともガチンコ勝負そのものだった。明日からの試合もガチンコ勝負だと思うと楽しみである。

 それにしても、何から何まで異例ずくめであった。

 2校だけの開会式は初めて。

 キャプテン2人による選手宣誓も初めて。

 観客のいない試合も初めて。

 ブラスバンドのない応援も初めて。

 試合後に負けた高校の監督と選手へのインタビューも初めて。

 異例ずくめとはいえ、交流戦は粋な計らいだと思った。ひねくれ者のわしも、それは素直に認めたい。

 それはそうと、雨だと休むおっさんよ、観戦中にメールしてくるなよ。熱が冷めるじゃないか。

 さすがに交流試合での琴光喜の打診ではなかった。例年、婉曲ながらも未練がましく誘ってくるのだが。

 今日の交流試合は2試合だったので 準決勝の日のような感じだったわ。2試合の日は今後もそういう気分になると思われる。

 第1試合と第2試合は対照的な試合になった。第1試合は淡々とした試合、第2試合は終盤に大きく動いた試合だった。

 第1試合は、1回裏の花咲徳栄の3点で勝負が決した。ヒット1本だったのに大分商が3失点したのは、フォアボールが3つ絡んだからである。

 やはり無駄なフォアボールは命取りになる。ただ、球審のジャッジがやや辛かった。

 花咲徳栄は勝ったものの、消化不良の試合ではなかったか? 相手投手が良かったとはいえ、打線が沈黙したままだった。

 試合中、冨坂アナが花咲徳栄の2017年の優勝を紹介した。

 
「強力打線と複数の好投手で優勝しました」か…。

 いかん。その時の主将だった千丸の犯罪に頭が行ってしまった。

 第2試合は、8、9回に目まぐるしく展開が変わった。ピッチャーの交代は難しいと再認識した。

 明徳義塾の勝因の1つは、7回までノーヒットながら、しぶとく2点取っていたことである。

 ノーアウト1塁から盗塁を3度仕掛けた馬淵のおっさんの采配が光った。それが2つの犠牲フライに繋がった。

 1980年代前半に、
「犠牲フライさえ打てないことが、もう快感になっとるもん」と言っていた上岡龍太郎を思い出したわ。

 最後は鳥取城北には残酷な幕切れであった。ただし、サヨナラ打を浴びた左腕の涙にもらい泣きするほど、わしは純ではない。

 交流試合を見終わってから、大阪桐蔭-履正社をバーチャル中継で見た。

 両校ともエースを満を持して登板させたので接戦になると思ったが…。

 意外や、試合は履正社の完勝であった。投打に大阪桐蔭を圧倒した。

 こりゃあ、星稜-履正社は、星稜に勝ち目はないな。下手したら大差になるぞ。

 試合終了後、履正社ナイン全員がガッツポーズをした。これで大阪桐蔭への苦手意識を払拭できたか? 

 心配なのは、大阪桐蔭のエース・藤江である。今日の試合の後遺症が東海大相模戦で出ないといいのだが…。

 ムーミンは藤江を先発させないかもしれんな。3番手で登板した2年生左腕の方がいいボールを投げていたし。

 明日からティップネスをどうするか、迷っている。

 あくまでも会費の元を取るか? それとも、交流戦をライブ観戦するか? 

 そんなことで悩んでいるのを幸せなことと思わねばならない…。了

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