自転車でGо


 プー太郎生活2348日目。

 区民から市民に落ちたことは何かとハガい。しかし、今回の雪に関しては市民で良かった。

 大雪だった23区内は路面が凍結していたそうだが、それほど雪が降らなかった市部は路面の凍結がほとんどなかったからである。

 というわけで、青色申告会まで自転車で行った。路面が凍結していたら自転車はNGだったところである。

 青色申告会まで距離があるから徒歩だとクソハガい。それにパソコンとかを持ち運ぶのも難儀だしよ。

 ところがである。自転車のタイヤの空気が抜けてくさった。

 漕いでから間もなくしてわかったが、後戻りするのもハガいし、青色申告会に行く途中にある自転車屋に寄ることにした。

 あに? 
「前輪も後輪も空気が抜けています」だと? 

 数か月前に近所の自転車屋で両輪に空気を入れたのに、どういうことだ? 

 まあいい。今日寄った自転車屋は空気入れは無料だったからよ。

 ちなみに、近所の自転車屋では100円ふんだくられた。

 青色申告会に着いて3階で待たされたものの、すぐに呼び出された。

 そうだろう、そうだろう。やはり入力ミスをしていた。

 が、わしが指名している人は、そういうのに手慣れているのか、あっという間に直した。

 さすがというしかない。指名が多いのもわかる。

 次回は2月22日の決算である。その日が出勤かどうかを聞いてみたら、出勤ということだった。

 
「もし所要でいなかったら、代わりの者で」と言われた。

 キムラ店で前日に指名を入れた姫に当日に出前を取られて吐いたことがあるが、そういうことがないように願いたい。

 元国見高校監督の小嶺氏が亡くなったことを今朝のスポーツ紙のサイトで知った。

 体調を崩していたとは聞いていた。そして、そのまま不帰の人になってしまったのか…。

 小嶺監督が標榜したサッカーは、全員攻撃、全員守備のトータルフットボールである。

 トータルフットボールを体現するには、選手全員がバケモノのようなスタミナを持たないとならない。

 だから、小嶺監督は選手を徹底的に走らせ、練習試合を鬼のようにしたという。

 冬の選手権における国見高校の初出場は1986年度である。

 初出場ながら抜群の運動量と得点力で準優勝したのは記憶に新しい。

 ただ、当時は日程がタイトの究極タイガーであった。

 1回戦から3回戦まで3連戦。中1日開けて、準々決勝から決勝戦まで、また3連戦。

 それでは走り回るスタイルの国見イレブンが決勝戦で力尽きたのも無理はなかった。

 しかも、相手はサントス、平沢、大嶽らを擁した東海大一。そりゃ、勝てんて。

 明日は高校サッカーの準決勝がある。残った顔ぶれからして、青森山田が優勝する確率は8割か?

 明日は高校サッカーの準決勝を見る以外にやることが何にもナイマンだ。

 わしも号泣組なのは書くまでもない。了

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