生きていたか
プー太郎生活2709日目。
おー。わしに水泳を指南してくれた1939年生まれのじぃさんが生きていた。
今日、数か月ぶりにプールで会ったのである。
何でも7月から午前中に時間を変え、今日は朝一で大久保病院に行ったので午後から来たという。
ということは、金曜からまた午前に来館時間を戻すのか?
それはともかく、健在で何よりだ。まじで心配していたからな。
じぃさんによると、午後よりも午前の方が混んでいるとのことである。
会員の多くを占める年寄は朝が早いからであろう。
わしは午前中に行けるほど早起きできん。
それにしても、健康寿命が長くて羨ましいぜ。
1939年といったら、第二次世界大戦が始まった年。
ドイツが機甲戦車でポーランドに攻め込んだのに対し、ポーランドは騎馬隊で応戦したというのだから、早期に決着がついたのも当然だわな。
じぃさんは大久保病院にかかりつけ医がいるくせぇ。
大久保病院は元は都立病院で、わしが33歳の時、母親が大腸癌で入院していた。
都立で食事代をピンハネしなかったからか、食事が割と良かったと記憶している。
また、看護婦の質も高かった。というか、わしが入院してた三鷹の整形外科の看護婦の質が低すぎだって。
あいつらに受けた迫害は一生忘れん。わしは執念深いじゃい。
今日の大相撲中継の解説は北の富士だった。
相変わらずの口八丁だったが、アナは皆、野郎に気を使っている。
「八百長」という本について聞くなど野郎の機嫌を損ねるわけにはいかないのはわかるにせよ、その気が強すぎる感がある。
今日の相撲で宝富士と栃ノ心が怪我をした。明日は、その2人が顔を合わす。
2人は、明日、相撲を取れるのか? もし2人とも休場となった場合はどうなるのか?
プロレスなら両者リングアウトだが、そうもいくまい。
正代は昨日の勝ちでちったぁ上向くかと思いきや、今日は為す術もなく敗れた。
これで1勝3敗。大関復帰は「絶望」の2文字だな。
明日は、午後から青色申告会で指導を受ける。
問題は、わしが指名している人に他の仕事が入っているかどうかということである。
「役職が変わったので、その場合もあります」と言われている以上、その可能性は十二分にある。
明日はともかく、決算の日にその人でないと全くもってシャレにならないぞ。
国民の三大義務とはいえ、税金など1円も払いたくねぇ。
税金がロクでもない国会議員の歳費になっているかと思うと心底腹が立つ。
まあいい。今晩はまたクソみたいに寝たるからよ。
「目覚ましを正午に掛けた」と、今日の最後に申し添えておきたい。了