月下氷人

 
 これは2001年5月の話である。

 その日の昼1時頃、若い女性が非常階段の1階部分にしゃがんでいた。ふと見たら、口の辺りから血がポタポタと落ちていた。一瞬、吐血でもしているか思った。

 驚いて、「どうしたの?」と聞いたら、「転んでアゴがぱっくり割れてしまって…。歯も折れたみたいです」という返事。

 すわっ一大事と思って、「今、救急箱を持ってくる」と言ったら救われたように、「お願いします」とわしに哀願した。

 それにしても、周りにいた連中は何やっているんだよ。遠巻きに見てねぇで人を呼びに行けよな。

 ガーゼを持って行って、とりあえず血を押さえた。それから近くの病院に連れて行った。

 しかし、その病院には外科がない。そのため応急処置だけして、近くにある大学病院の外科に行くことになった。

 アゴを縫うことになるらしいが、女性だから傷が残ったら気の毒である。しかも、かなりきれいな人だっただけに傷が残らないことを祈りたい。

 デスクに帰ってそのことを周囲の人間に話したら大納言が、「厚底ブーツでも履いていたんじゃないの」とのたまわった。もう厚底ブーツは廃れたって。

 あ〜あ、「プロポーズ大作戦」でやっていた、人探しコーナーが今もあったらなぁ。わしがテレビに出ていたかもしれん。


 そしてロマンスが…。そうなれば、まさに、月下氷人のエピソードそのままである
(*)。

(*)中国のある時代、いつまで経っても結婚に縁のない高貴な男がいた。そして、ある月夜の晩、年老いた占い師に、「俺の結婚相手は誰だ?」と尋ねたら、「あの娘です」と占い師は赤ん坊を指した。     
 「何? あんな赤ん坊だと?」と男は吐き倒れ、下男にその赤ん坊を殺せと命じた。しかし、下男は眉間に刀傷を与えただけで殺し損なってしまった。

 それから十数年経った。男はやはり結婚できない。

 赤ん坊を殺し損なってから16年後、男に縁談が生じた。相手はすこぶる美人だが、なぜか額をいつも頭巾で覆っている。そう、その相手こそ、あの赤ん坊だったのだ。そして、2人は縁あって結ばれたのであった。

 ※キャスト
   高貴な男…わし
   下男…アホ後輩
   16歳の美女…その日怪我した女性


 というわけで、これからは月下氷人狙いに出るとする。


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