1986年10月7日 神宮球場 ヤクルト−読売最終戦
読 売000002000…2
ヤクルト01000200×…3
6回裏のヤクルトの攻撃は、ワンアウトから4番のレオンがフォアボールを選んだ。5番はマイク=ブロハードだ。
ブロハードはシーズン中、たまにホームランを打つものの、打率2割5分の選手である。しかも相手は、当時球界随一の投手・槙原。「スライダー、フォークの切れもいい槙原なら,変化球にもろいブロハードを簡単に仕留めるだろう。」と、正直私はブロハードに全く期待していなかった。
ところがである。0−1から槙原の149kmの剛速球を捕らえたブロハードの打球は神宮球場の左中間スタンドに消えた。まさか、ここでクビ濃厚のブロハードがあの剛腕槙原からホームランとは…。
その後、リリーフに出た荒木が読売の反撃を絶ち、開幕戦のリベンジを果たした。ここに読売は痛恨の一敗を喫したのだった。
このヤクルトの死に馬キックは読売ファンにも大きな衝撃を与えた。翌日の「ズームイン朝のプロ野球いれこみ情報」での徳光和夫アナの落ち込みと解説の青田昇の激怒はすごかった。まさに、「読売ファンに天誅あれ」である。
結局、この敗戦は読売にとって致命傷となった。もし読売が残り2試合を連勝していたら、広島も残り5試合を全勝しなければならなかったのだ。
しかし、読売がヤクルトに負けたことにより、広島も1つ負けられるようになったのである。それがどれだけ広島ナインに心理的余裕を与えたことか。
結局,広島はその後4連勝(10月2日からは8連勝)し、129試合目で優勝を決めた。
広島が優勝を決めたのは、槙原がブロハードの一発でうずくまった神宮球場であった。 それにしても、1986年の球界ぐるみの陰謀は筆舌に尽くしがたいものがあった。
その陰謀を打ち砕いたのがブロハードの奇跡の、そして正義のホームランである。
私はキリスト教徒ではない。しかし、私は、今もあのブロハードのホームランは神が打たせたものだと信じている。
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