ボーンヘッド
それにしても、苦しい麻雀であった。配牌もツモも、今年で最悪。また、展開もすこぶる悪く、嘆きの連続。
何度牌をグチャグチャにしたくなったことか。しかし、そこはプロ。全精力を使って、グっと堪えたわしであった。
つかなくなったのは、わしがボーンヘッドをしてからである。それは、東風戦6局目だったろうか。わしが2、5萬待ちのピンフでリーチをかけていた時、隣の卓のオヤジがどでかい声で、「なんたらかんたらバイマン」とか大騒ぎ。
リーチをかけていた余裕でその真後ろのオヤジの手を見ていたら、その隙に下家が5萬を出し、気が付いたら対面が9萬を切っていやがった。
さすがに、もう手遅れ。結局、流局したが、なんとウラウラであった。
これで、わしは奈落の底。下家はバカづき。しかし、こんなボーンヘッドは初めてである。
それからというものの、クソ配牌の連続。毎局、5種5牌以上だぞ。で、2や8が孤立してあったら、何度となく、2に1が、8に9がくっつくというハガさ。
まさに、ペンチャン地獄。さらに、1、7とあったら、4を持ってくることも、何度あったことか。これじゃ、小島武夫でも勝てねぇ。
東風戦23回を終って、ついに最初30枚から始めるチップが飛び。「これは年内にキムラになれんな」と、大敗を覚悟した。
しかし、24回目の東風戦で、親倍・チップ4枚オール、親ッパネ・チップ3枚オ−ルを連続して和了り、蘇生。以降、盛り返してなんとかチャラに持っていったが、爆発するのがおせぇ。
それで結局、家に帰ったのが午後9時。新メンツの彼が、「明日は仕事なので早く帰りたい」というので、8時半にお開きになったのである。11時くらいまで打つ予定であったら、えらい早い帰宅であった。
で、録画していた将棋を見ようと思って、ビデオデッキに目をやったのであるが…。
おい〜、テープがデッキから出ているぞ。録画時間が足りなかったのかぁぁ。か〜、やっぱテープの残り時間を確認すりゃあ良かった。
朝に録画予約をしたのであるが、麻雀に行くんで浮ついていたのがいけなかったくせぇ。今日は、丸山−佐藤康光という、1983年の夏の大会でいえば、中京−箕島って感じの3回戦最高のカードなのによぉ。
あ〜、もう見る気、なくなった。麻雀で疲れたし、もう寝よう。
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