先憂後楽
今日の出勤を決意したのは、昨日の寝る前であった。というのも、今週の日曜出勤による前振りで休んだら、どう考えても来週土曜以降にスタミナが切れると思ったからである。
なにせ、金曜の深夜、正確には土曜の1時半からバーレーン戦があるからな。そして、土、日は連続出勤。さらに、月曜は午後から所要が…。それで、また火曜から連続5日出勤ではつら過ぎる。
だもんで、今週の日曜出勤の振り休は、その翌々日の火曜に取ることにした。これを先憂後楽と言わず、何と言おう?
さすがに今日のスポーツ紙の一面は一様に、先代貴乃花の死去のニュースであった。先代貴乃花は、わしが唯一直接サインをもらったことがある力士だったし、昔はけっこうファンだったので、逝去したというニュースはいささかショックだった。
わしは、琴桜、大麒麟、前の山、清国のダメ大関4人衆がいた頃から相撲を見ている。当時は貴乃花と輪島のファンだったのだ。しかし、輪島のファンだったとは不明もいいところ。輪島があんなデタラメな御仁とは…。
貴乃花の相撲で印象に残っている相撲といえば、昨日からNHKNのニュースでもやっているが、北の湖を優勝決定戦で破って初優勝を決めた相撲と、北の富士のかばい手の相撲である。また、清国に足を取られながら残して逆転した相撲にも快哉を送った記憶がある。合掌。
貴乃花の初優勝といえば、初代若乃花から優勝旗を授与されたシーンが最高だった。北出アナの、「兄から弟へ、そして師匠から弟子へ優勝旗が手渡されます」というのは名実況中の名実況中である。
しかし、気の毒だったのは北の湖である。当時、日の出の勢いだった北の湖が本気でやれば貴乃花など目でなかったろうに、とても勝てる雰囲気ではなかったのだから。
北の富士のかばい手の相撲は、なんといってもクソ長かった審判の協議が忘れられない。放送終了の午後6時が過ぎても延々と協議が続いていた。5人の審判の1人に初代若乃花がいて、貴乃花の勝ちを主張したが、結局通らず、北の富士の勝ちになったのは、異常に納得がいかなかったもんである。
それにしても、時が流れるのは早い。先代貴乃花が手塩にして育てた、若貴兄弟ももう引退してしまっているのだから。
あの2人をビートたけしの「スポーツ大将」で初めて見たのは、つい最近のような気がする。当時は、2人とも小学生だった。
ホントに、月日が経つのが早過ぎるわ。
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