音羽山親方
プー太郎生活105日目。
いかん、いかん。今朝も11時半まで目が覚めなかった。
慌てて小太郎にメシをやったはいいが、暑さにメゲて散歩には行かなかった。それではダメなのはわかっとる。
ティップネスで最初にわしに声を掛けてくれた若い男性インストラクターは、本当に異動してしまったくせぇ。もう1週間以上、姿を見てねぇぞ。
もしそれが本当ならハガい。絵に書いたような好青年だったからな。
「絵に書いたような」といえば、故音羽山親方(元大関・貴ノ浪)が絵に書いたような好人物かつ切れ者だったのは疑いようがない。
今日の大相撲中継で故音羽山親方の特集を大々的に組んだことが、その証左である。
今日の実況は、相撲中継の第一人者である刈屋アナであった。音羽山親方がヨーロッパに相撲の指導に行った際、帯同したのが刈屋アナであった。わしは、その番組を見た。
むろん、2人の付き合いは、それだけではあるまい。親交が深かったと思われる。だから、刈屋アナが実況の日に、故音羽山親方の特集を放送したのだろう。
今日の放送は、永久保存だな。数々の名場面が収録されていたからである。
貴乃花との同部屋決戦を制した相撲は、わしが見た中でも5本の指に入る熱戦であった。今日、その一番を見て、それを再確認した。
また、貴ノ浪が大関から陥落し、その直後の場所に10勝して大関復帰を決めた時のインタビューで泣いていたことも印象に残っている。当時はガチンコ全盛だったので価値があった。
昨日の中継でも故音羽山親方のことが話題になったが、囚人服を着ていたはずの奴が、「惜しい人材でしたね」と言ったのに、「おめぇが言うな」と、思わず毒づいてしまったわ。
今日の特集で最も胸に迫ったのは、先代貴乃花親方の遺言を音羽山親方が守ったことである。
刈屋アナが、「音羽山親方が家族以外で本当に好きになったのは2人と言っていました。それは、師匠の先代貴乃花親方と武蔵丸です」と紹介した。
その先代貴乃花親方が死の床にあった時、最期に音羽山親方に言ったのは、「光司を頼む」であったという。
光司とは、言うまでもなく、次男の元横綱・貴乃花のことである。同じ息子でも、ドシャワシャワの長男は、とっくに勘当されていたくせぇ。
音羽山親方は、独立して部屋を持つことも出来た。が、先代貴乃花親方の遺言に従い、貴乃花部屋に残って、貴乃花親方を支えた。この話は、今年になってから最も感動した話であった。
これぞ、師弟愛。北の富士が千代の富士に八百長を伝授した師弟関係とは、まさに対極タイガーである。
今日の中継では、武蔵丸の談話も流された。「心が痛い。痛すぎるよ」か。それも、わしの心に響いた。
クソ〜、テッポウ野郎と連絡が取れねぇ。いつもメンツ集めをしている競馬がヘタクソな奴が、「あいつは、なかなかメールの返事をよこさない」と言っていたのがわかったぜ。
日曜まで残り5日。なんとしてもメンツを揃える。
明日は、2回目のトリミングと健康診断である。ティップネスから帰ってから行く。
前回、診断してもらった30代の綺麗な女医にまた当てればと思っている。
あ゛〜、音羽山親方と比較して、なんと軽い奴なのか…。
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