1979年

選抜

 
箕島、絶妙のプッシュバント


 この年の選抜大会は大いに楽しみにしていた。というのも、この年初めて大会予想号を買って、十分な予備知識を持って大会を見ることができたからであった。当時、高校野球人気がかなり高まっており、専門の雑誌を出してもペイすると考えられたのだろう、高校野球専門誌がこの頃から出回るようになった。そして自分が選んだ雑誌は報知高校野球であった。

 今なお健在のこの雑誌は、地道な取材と見識ある内容が売りで、高校野球専門誌としては随一の内容を誇っていると思う。これには、かなり深い高校野球ファンである後輩も同意していた。ただ、地区大会の準々決勝のランニングスコアと各校の戦力分析表が示されなくなってしまったのが残念である。

 大会前の優勝候補筆頭は、どの新聞、雑誌を見ても、3度目の選抜優勝を狙う箕島であった。前年の甲子園で活躍した石井−嶋田のバッテリー、前年に2年生ながら全日本メンバーに選出された強打の4番・北野、巧打のキャプテン上野山などキャリア豊富なメンバー、そして尾藤監督の采配と、箕島が優勝候補筆頭であったのは当然といえよう。

 箕島に続くのは、前年夏の準優勝投手・森を中心に好守にまとまる高知商、牛島−香川の黄金バッテリーを核に超高校級の実力を持つ浪商とされた。さらに、好投手・橋川と左打者中心の強打線が噛み合う池田、連覇を目論むPL学園も優勝争いに絡むと見られていた。

 抽選の結果、高知商と浪商が2回戦で顔が合う組合せになった以外は、有力校が分散するという理想的な組合せになった。中でも好位置を占めたのが1回戦シードとなった箕島と池田である。

 当時は参加校が30校であり、2校がシードされていたのだ。もちろん、シード校は抽選で決められるのであるが、戦力的に秀でる両校は、このシードでよりアドバンテージが大きくなったのであった。

 しかし、箕島は試合間隔が空くこのシードが災いし、下関商に意外とてこずることになった。試合勘の戻らない石井が1回の裏に先取点を与えてしまったのである。試合前、解説の松永玲一氏は、「下関商は石井君から1点取れるかどうか」と言っていたのであったが…。打線も下関商の山本の横手からの大きなカーブに腰が引けてしまい、3回までに5三振。そこで繰り出したのがバント戦法である。

 4回表、箕島は上野山のツーベースを足がかりに、1死2、3塁のチャンスをつかむ。ここで、6番の森川が2塁前へバントを転がした。3塁ランナーの上野山はスクイズのサインを見落としていてスタートが遅れたが、自分のところへはバントの打球が来ないと思っていた2塁手が焦ってフィルダ−チョイスを犯してしまった。

 こうなると箕島ペース。続く石井の三遊間突破のヒットはレフトのトンネルを呼び、一塁ランナーも生還し3−1。さらに久保が三塁打、榎本のスクイズが内野安打と硬軟自在に攻め立て、大量5点を奪った。石井の不調があったものの、試合はそのまま箕島が10−4で押し切り、中国大会優勝校の下関商に力の差を見せつけたのであった。

 この試合で箕島は再三バントを試みたが、その多くがセカンド前へのバントである。正確には、このバントは、ピッチャー、ファースト、セカンドの3地点の間に、バットをプッシュして転がすものであった。このバントに対戦校は撹乱され、いくつもの内野安打が生まれた。そして、箕島は、強打にこのプッシュバントを絡めて勝ち進んで行くことになる。

※このプッシュバントは、実は守備練習から生まれたのだという。尾藤監督が練習中に、「ここに転がされたら困るな」という地点にバントさせ、守備を鍛えようとしたのであるが、そのバントがことごとく内野安打になる。そこで、「このバントを攻撃に生かしたら」と思い、この年の箕島の代名詞となるプッシュバントが生まれたのであった。  

 2回戦で早くも高知商と浪商が顔を合わせた。優勝候補同士のこの一戦、なんとしても見たかったのであるが、翌1980年まで、1・2回戦の第1試合は、居住区の地方のチームが出ない場合だとテレビでは放送されなかったのが無念であった。  

 試合は接戦が予想されたが、牛島は絶好調、森はイマイチという出来が明暗を分け、8回を終わって浪商が3−0とリード。牛島は速球が冴え渡り、ここまで強打の高知商を2安打に抑えていた。

 しかし、9回表、懸念されていた浪商守備陣が破綻し、高知商は2点を返し、なおもツーアウトながら、1、2塁のチャンス。ここで6番田上が右中間に大飛球。ラジオのアナウンサーも、「ライトバック、これは抜けそうだ」と実況したが、ライトダイビングキャッチで抑えた。ラジオの、「おっと、ライトが取った、取った、取った」という声が今も記憶に残るライト井戸の超ファインプレーであった。

 森は前年の悪夢を振り払いに甲子園に戻ってきたが、またもや大阪勢に屈したのであった。試合後、当時の佐伯大会会長に健闘を称えられた森であったが、何の慰めにもならなかったであろう。  

 2回戦では、すでにそれ以上の劇的な試合が展開されていた。PLの2回戦の相手は、下手投げの好投手・及川を中心とするダークホース・宇都宮商。及川は、「PLに左打者が多いって言ったって、右投げ左打ちの選手が多いし、たいしたことないでしょ」と強気に言い放ったが、1回裏、小早川の逆転ツーランがバックスクリーンに跳ねた時には、さすがの及川も青ざめたであろう。

 そのまま試合は2−1でPLがリードしていたが、7回表、木製バットを使っていたトップ金敷の好打などで一気に5点を宇都宮商が奪った。この辺は、PLの下手投げ投手・中西の不安定さが如実に出た感じであった。

 4点を追うPLは、8回裏、ワンアウト2塁で、最も期待のかかる小早川。しかし、小早川は三振。さしものPLもここまでと思われたが、5番の左打者山中がセンター前にタイムリー、続く左の山野が右中間三塁打と、あっという間に2点差となった。ここで7番は右打者の阿部。「タイムリーが出たら1点差になるな」と心配していたら、タイムリーどころか、阿部が打った打球はレフトへ放物線を描き、同点弾となってしまった。前年の奇跡のPLそのままの同点劇。PLベンチは、鶴岡監督以下、湧きに湧く。そして、試合は延長戦に入っていった。

 10回表、宇都宮商は先頭の及川がツーベースを放ち、1死3塁のチャンス。ここでカウント1−2からスクイズを試みたが、相手鶴岡監督に見破られ、失敗。及川は三本間に挟まれ、憤死してしまった。それにしても、PL相手にスクイズがまともに決まった試しがない。

 その裏、PLは1死2塁のサヨナラのチャンス。バッターは同点ホーマーの阿部。強気に勝負に出た及川であったが、阿部の放った打球は8回と同じような軌道を描いて、レフトのラッキーゾーンへ吸い込まれていった。ここに宇都宮商は壮絶な討ち死にを遂げたのであった。  

 準々決勝は雨模様の中で始まった。第1試合では、箕島が本領を発揮。安打は5本ながら、3本の長打と10個の犠打を絡め、倉吉北の速球投手・矢田から5点を奪い、5−1で快勝した。剃り込みを入れたこわ持ての矢田も、「箕島っていうのは強いですね」と脱帽するほど、箕島はしたたかな攻撃を見せたのだった。  

 第2試合は、PLがまたしても出た阿部のホームランなどで、7−1で尼崎北を一蹴した。また、第3試合では、浪商が川之江の粘りに遭ったが、延長12回にサヨナラで勝った。  

 朝から降っていた雨は、第3試合開始の頃から激しくなり、試合途中からグラウンドは田んぼのようになってきた。そして、雨は依然として降り続き、第4試合の始まる頃は、グラウンドは完全に田んぼ状態となってしまった。とても試合などできる状態ではない。

 本来なら第3試合も中止にすべきであった。しかし、それまで大会は2日雨で伸び、高野連としては、これ以上の順延はなんとしても避けたい。しかも、残るは1試合。そうしたわけで、第4試合の池田−東洋大姫路が強行されることになったのである。  

 しかし、到底試合ができるような状況ではなかった。グラウンドは完全に泥田と化し、打席に立つと、オーバーではなく、そのまま選手が何cmも沈んでいくという状態であった。そして依然雨は激しく降っていた。  

 「本当にやらせるのか?」という声のなか、始まった試合は2回表、池田が永井のツーランで先制する。前の試合でも好投手君島から2ホーマーしている池田打線の面目躍如といったとこであるが、上位に4人左打者のいる池田打線は、軟投派の左腕・荻原を打ち込むまでには至らない。

 そうこうしているうちに、雨で制球を乱した橋川が泥田を利用した東洋大姫路の盗塁作戦に失点を重ね、8回を終わって2−8と池田は6点のビハンドになってしまった。

※東洋大姫路の梅谷監督は、「あのようにぬかるんだグラウンドでは捕手の送球が乱れるし、スライディングすると勝手にすべっていくので、かえって盗塁させやすかった」と、試合後、自分の作戦に悦に入っていた。池田は正捕手の岡田がケガをし、急造の岡本が捕手を務めていたので、この作戦は効果的であった。しかし、この辺に梅谷監督のえげつなさが感じられる。  

 9回表、蔦監督に喝を入れられた池田の猛反撃が始まる。3本のヒットで作った1死満塁で、代わった山川から岡田が押し出しのフォアボール、9番の橋川が走者一掃のツーベース、さらに送球ミスで3塁に進んでいた橋川も、川原の犠牲フライで生還。瞬く間に1点差になった。しかし、ツーアウトランナーなしという状況になってしまった。

 ここで、この日2番に入っていた田所がセカンドに内野安打で執念の出塁。泥の中の1塁ベースに突っ込んだ田所の顔は泥だらけ。1塁塁審から受け取ったタオルで顔を拭く田所に場内から拍手が巻き起こった。それにしても、この雨の中を残って応援していたファンも凄い。

 続く山下も1塁ベースへヘッドスライディングを敢行し、内野安打を稼いだ。白いタオルで顔を拭う山下にも大きな拍手が送られる。ここで迎える打者は、四国一の打者として大会前から注目を集めてきた山本。しかし、山本はセカンドゴロに倒れ、ついに池田は力尽きたのであった。1塁ベースへ頭から突っ込んでいった山本が、アウトのコールを聞き、泥の中で突っ伏したままだった姿は、ある意味この大会のハイライトといえよう。

※この雨は、完全に池田に不利に働いた。本格派の橋川と軟投派の萩原とでは、ぬかるんだマウンドは橋川に圧倒的に不利であった。また、蔦監督が言っていたように、池田が守る時に限って雨がより激しかった。そして、最後の山本の打球も、雨でグラウンドがめかるんでなければ、センター前への同点タイムリーになっていただろう  

 それにしても、これほどひどい状況で試合が行われたのは、後にも先にも記憶がない。そして、この試合は様々な論議を呼び、以降、泥田のようなグランド状態で試合が行われることはなくなったのであった。  

 準決勝に進出したのは、箕島、PL、浪商、東洋大姫路と、いずれも近畿の4校。大会は、さながら近畿大会の様相を呈してきた。  

 第1試合で顔を合わせたのは箕島とPL。前年に続く大物対決であったが、戦力的に全く互角であった前年とは違い、今年は箕島のチーム力が投手力の違いで、PLをあきらかに上回っていた。

 にもかかわらず、尾藤監督が鶴岡監督を意識し過ぎてスクイズのサインが出せないなど(前回の対決で、4番西川が1−3からのスクイズをはずされたトラウマか?)、箕島はヒットを打ちまくりながらも拙攻を繰り返し、9回表を終わって、PLが3−1でリード。しかし、箕島は9回裏、1番嶋田、2番宮本と連打し、ノーアウト1、3塁の絶好機を迎えた。

 このチャンスに3番上野山がプッシュバントによるスクイズ。それが内野安打となり、なおも、ノーアウト1、2塁。この場面で尾藤監督は、4番の北野に送りバントのサインを出す。アンダースロー対左打者でもあり、打たせる策もあったが、今大会の北野は不振にあえいでいた。そこで、送りバントをさせたのだろうが、小フライとなり、1塁ランナーとの併殺になってしまった。流れからしてもはやここまでと思われたが、5番の上野が右中間に同点の3塁打。サヨナラにはできなかったものの、箕島の無類の勝負強さが遺憾なく発揮された場面であった。

 延長戦10回にPLもチャンスを迎えるが、延長に入る前に小早川に代走を送っていたのがたたり、無得点に終わった。こうなると箕島は押せ押せ。10回裏、ワンアウト1、3塁。打者はトップの嶋田。松永玲一氏も、「(嶋田が下関商戦の3回の表にツーベースを打ったのを見て)、私は、この人がヒットを打ったことがない試合を見たことがない」と舌を巻いたほどの好打者・嶋田が打ち損じするとは考えられない場面。

 そこで鶴岡監督は、3ホーマーするなど今大会神懸り的な活躍をしていたショートの阿部をマウンドに送った。いくら中学生時代に投手だったとはいえ、そしてラッキーボーイだったとはいえ、この場面は荷が重過ぎた。阿部は初球を暴投し、3塁から両手を挙げて石井がホームに生還。PLは2年連続で箕島に屈したのであった。  

 第2試合の浪商−東洋大姫路は、スコアこそ5−3であったが、内容的には浪商の完勝であった。ここに、箕島と浪商が決勝を争うことになった。試合前の予想は、投手力は互角も、打線で厚みのある箕島が上回り、箕島が優勢とされた。  

 試合は、初回に1点ずつ取り合うという波乱含みのスタートとなった。牛島は雨の中の延長戦も含めて、この日で4連投目。一方、石井は3連投目であったが、捕手の嶋田がPL戦の9回にホームインした際に左肩を痛め、シュートを投げると捕球できない状態にあったため、石井はピッチングの幅が狭められてしまった。そうしたことから激しい打ち合いとなったのである。  

 3回裏、箕島は宮本の四球と上野山のプッシュバントが内野安打となった1、2塁から、まるで当たっていなかった北野の3塁打で2点をリード。北野は次の上野の時に出たスクイズを見落とすというチョンボをしたものの(上野も2塁前に絶妙のバントをしたが、北野がスタートを切っていなかったため、得点にならず)、今大会初めて会心の一撃を放ったのであった。

 さらに4回裏、ツーアウトランナーなしからチャンスを作り、嶋田がタイムリー。箕島は4−1とリードを広げたが、浪商も6回表に川端のツーベースや外野の返球ミスなどで同点に追い突く。すると、その裏、箕島はまたしてもツーアウトランナーなしからチャンスを設け、ふたたび嶋田がタイムリー。この辺の嶋田の勝負強さは化け物的であった。しかし、浪商も反撃に出て、7回表、山本と香川が長打を連発し、6−5と試合をひっくり返した。

 もちろん、これでひるむ箕島ではない。その裏、1死から北野が同点ホーマー。さらに上野が3塁打を放つと、森川がプッシュバントによるスクイズ。これが内野安打となり、またも箕島が勝ち越し。この辺の力と技を織り交ぜた箕島の攻撃は、本当に凄まじかった。さらに久保もプッシュバント。これも内野安打となる。4連投でヘロヘロの牛島は、箕島のプッシュバントに翻弄され、見ていて気の毒なほど疲労していた。しかし、牛島は踏ん張り、この回は箕島の攻撃をここで絶った。  

 迎えた8回裏、箕島はまたしてもチャンス。ツーアウトながら、セカンドにセンター前ヒットの宮本を置いて、バッターは、1回に単打、3回に3塁打、7回にホームランと、この試合、当たりに当たっている北野。ここで2塁打が出れば、選抜史上初のサイクル安打となる。

 浪商の広瀬監督は敬遠を指示したが、勝気な牛島は勝負を訴えた。そして、勝負に出た牛島のカーブを北野は右中間に会心の当たり。サイクルヒットのことなど知らない北野は3塁で刺されたが、ここに選抜史上初のサイクルヒットが達成されたのであった。そして、北野が叩き出した8点目は貴重な追加点となった。

 9回表、2点を追う浪商は、牛島がレフトフェンス直撃のタイムリーツーベースを放ち、1点差に迫った。しかし、ここから石井は粘り、続く強打の井戸、当たっている川端を打ち取り、ついに箕島が3度目の優勝を遂げたのであった。

 それにしても壮絶な試合であった。あまりのシーソーゲームに、その試合をスポーツニュースで伝えた土門アナも、最後に、「面白かったですよ、尾藤さん」と言っていたほどであった。  

 今大会ですっかり箕島の強さと尾藤スマイルに魅了された自分は、以降、箕島ファンとなったのであった。


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