1981年

夏の大会

 納得いかない大会



 ここ数年、地方予選で前評判の高い強豪校が予選で姿を消すということはあまりなかった。しかし、今大会では、選抜の優勝校・PL、準優勝校・印旛がそれぞれ地区大会で敗退するという大波乱が待っていた。ともに甲子園出場したならば上位を狙えるチームだったが…。日刊スポーツ発行の予選特集号での、「甲子園でまた上の方で対戦したい」と語り合っていた吉村と月山の対談が虚しいものとなった。  

 まず先に姿を消したのは印旛であった。印旛は予選途中から打線が低調となり、県立柏戦では4安打の2点による2−0の辛勝という有様。千葉テレビでずっと印旛の戦いぶりを見ていたが、選抜で好投手を打ち込んだ打線が予選で当たる投手をかくも打てないとは…(試合中ずっと声を張り上げ続けてきた蒲原監督の声は、予選途中で完全につぶれていた)。

 そして準決勝の銚子商では、初回に佐藤が失った3点を返せず、3安打に完封されたのであった(月山2本、6番に上がった坂本1本)。初回に石井の四球と月山の安打で迎えた1死1、3塁で、4番の白川の痛烈なゴロがセカンドへの併殺打になったのがすこぶる痛かった。選抜ですっかり印旛のファンになっていただけに残念でならない印旛の敗戦であった。  

 一方のPLは、5回戦で伏兵の大阪商大堺にまさかの敗北を喫した。1−0とリードして迎えた8回に西川が一気に3失点。選抜での西川の勇姿がまぶたに焼き付いていたので、PLの敗戦を7時のニュースで聞いた時はまさかという感じであった。試合後、キャプテンの吉村は呆然とした表情で、「なぜなんだ?」と呟くばかりだったという。

 このほか、2年生ながら全国屈指の豪腕投手と注目されていた池田の畠山も、九州一の好投手といわれた日田林工の源五郎丸も予選で敗れ去った。  

※選抜ベスト4の倉吉北は、上級生の行き過ぎた指導とかで出場停止を食らってしまった。それにしても、倉吉北の選手は強面であった。ずんぐりむっくりの体型に剃り込みを入れた選手ばかり。まるでその筋の人達みたいであった。

 全国一の実力を持つと目された天理は依然出場停止中なうえ、PL、印旛も敗れ、投打に秀でたチームが出場しない今大会は本命なき大会となった。

 その中であえて優勝候補をあげれば、秋田経大付、早実、名古屋電気、報徳学園、興南といったところであった。そして、日刊スポーツの戦力分析評で投打ともAとされたのは秋田経大付と興南のみであった。

 ただ自分としては早実にとって最大の敵は報徳学園だろうと思っていた。これは結果論で書いているわけでない。そういう予感が大会参加校がすべて出揃った時点からしきりとしていたのである。  

 ところで早実であるが、選抜での思わぬ初戦敗退からか、選抜後、チーム全体の調子が落ち込んでしまっ。特に打線が低調で、春季都大会の決勝戦で、秋は打ち込んだ日大三の谷津田に完封され、さらに関東大会の1回戦で、鉾田一の速球投手・箱根にもシャットアウト負け。練習試合でも印旛に1−6と完敗。印旛の各選手とのパワーの違いにナインは愕然としたという。とはいえ、相変わらず荒木大輔の人気は凄まじかった。選抜での思わぬ敗退が同情され、さらなる人気を呼んだようである。  

 そんなこんなで都予選を勝ち抜けるか心配されたが、本年度の東東京大会はさしたる強豪もいなく、早実は順調に勝ち上がった。都予選では芳賀誠のコンビネーション投法も冴え、荒木と2本柱といえるほど好調であった。また打線も復調し(というより、東東京大会に好投手が帝京の伊東以外いなかった)、決勝戦では豊南を9−0で一蹴した。

※豊南との試合は1時試合開始だったので12時に神宮球場に着くように行ったが、すでに早実応援席はミーハーアホ女でいっぱい。結局、最上段で見る羽目になった。それにしても黄色い歓声は耳障りでならなかった。男子校ならではの質実剛健な応援スタイルが好きなうえ、野球もロクに知らないミーハーアホ女を嫌悪していただけに、不快指数はまさに100。甲子園でもそうだろうと思い、今大会は家で見ることにしたのであった。

 早実以外の選抜大会強豪組では、秋田経大付、報徳学園、興南が予選を勝ち抜いた。また、全国屈指の左腕といわれた工藤の名古屋電気も予選を突破した。名古屋電気は打力もあり、春の大会では工藤の場外ホーマーなどで大府の豪腕・槙原から7点を取っていた。

※高校時代からしのぎを削ってきた仲である工藤と槙原は、かねてから仲が悪ったらしい。工藤が巨人に移籍してきて槙原とチームメートとなった時も、お互い全く口を聞かなかったとのこと。また、大会後、工藤は全日本チームに選抜されたが、そこで一緒だった金村ともうまくいかず、ともに相手のことを良く言っていなかったという。  

 今大会は早実以外に思い入れのあるチームや好きな高校もなく、早実が優勝するかどうかの一点に絞られた。それだけに、自分にとって今大会は早実がすべてであった。

 さて、1回戦の抽選に話を移そう。まず、早実は四国の名門・高知と対戦することになった。そして、注目の秋田経大付は、なんと興南との対戦が決まった。このほかの強豪はさして強いところと当たらなかっただけに、この2カードは注目を集めた。なお、前年優勝の横浜は、池田の畠山に投げ勝った左腕の好投手・遠野のいる徳島商と顔を合わせることになった。

 今大会の高知はそれほど注目されていなかったが、名前があるうえ、選抜での悪夢の敗北があることから気をもんでいた。しかし、それは杞憂に終わった。荒木が昨夏を思わせるようなピッチングで1安打でシャットアウト。打線もあまりヒットは打てなかったが、機動力を存分に駆使して4点を奪った。

※この試合、解説の松永玲一氏が荒木のことばかり話してしたが、果たして、数日後の朝日新聞の読者投稿欄に、「解説者はスター選手のことばかり話していて不愉快であった」という投書が載った。

 強豪が少ない今大会において、1回戦で当たるには、あまりにもったいないカードであった秋田経大付−興南。両校とも打力もAクラスであったが、秋田経大付・松本、興南・竹下の力量から見て投手戦になるだろうと思われた。解説の光沢毅氏も、「1−0」というスコアを予想していた。

 しかし、両エースは試合序盤で明暗を分けることになる。松本を意識し過ぎた興南のエース竹下がフォアボールを連発。結局、竹下は得点こそ許さなかったものの、比屋根監督の、「おい、レフトへ行け」の一喝により、3回途中でマウンドを左腕の玉寄に譲らされ、レフトに入ることになった。

 試合は6回に秋田経大付が2年生の浜野のタイムリーで1点を先取。続く7回にはノーアウト満塁から4番鈴木、5番松本が物凄い当たりの長打を連発し、「全国にはこんな凄い選手がいるんだ」と、玉寄を脱帽させた。

 一方の松本は好調であった。持ち前の剛速球で興南打線を押さえ込み、8回のツーアウト2、3塁のピンチも、竹下を内角の速球で見送りの三振で切って取った。この時の竹下のガックリと腰を折った姿が痛々しかった。竹下は試合後、「金城の打席を奪ってしまった」と泣いた。3回途中でレフトに回されたことにより、8番に入っていた金城にまだ打順が回っていなかったのである。

 試合は秋田経大付が5−1で快勝したが、興南はあまりにも抽選に恵まれなかったといえよう。全国有数の力を持ちながら、選抜では印旛、選手権では秋田経大付と、ともに1回戦で大敵と顔を合わせてしまったのだから…。

 夏連覇を狙う横浜であったが、前年のチームに比較して投打とも見劣りするのは否めなかった。それでも、しぶとい試合運びで徳島商を屠ったのはさすがであった。特にセンター山本のバックホームで9回のサヨナラのピンチを絶ったのは凄かった。ただ最後は後味がやや悪かった。

 延長13回表、横浜は1死満塁の絶好のチャンス。ここで、2−3からスクイズを敢行。ボールなら押し出し、ストライクならスクイズと、まさに必殺の作戦。打者の長尾は自信を持って見送ったが、どう見てもバットが引くのが遅く、空振りに思えた。しかし、判定はボール。徳島商ナインは一斉に不満を示したがどうにもならない。もしストライクならバッターは三振、スタートを切っていたランナーは三本間で挟殺で併殺となっていたであろうから、あまりにも大きな判定であった。

 大会は強豪が順調に勝ち進んだ。報徳学園は岡部の満塁ホーマーなどで盛岡工に9−0と圧勝。また、名古屋電気の工藤は、長崎西を相手にノーヒットノーランを達成していた。

 「2回戦で報徳、秋田経大付とは絶対に当たりたくないな」(名古屋電気は2回戦からの登場)と思っていたところ、鳥取西との対決になった。鳥取西のエース田子は、1回戦で伸びのあるストレートで、東北では強打と評判であった東奥義塾打線を1安打16奪三振で完封。でも、鳥取西は打線が弱いし、そう怖い相手とは思わなかった。

※田子の1回戦でのピッチングをテレビで見ていた金田正一は、その日のプロ野球放送の解説で田子を絶賛していた。そして、ロッテの大幹部であった金田の肝入りで、ロッテはドラフト2位で田子を獲得した。しかし、田子は芽が出ないまま、ロッテを退団することとなる。このあたり金田は節穴といわれてもしょうがないだろう。

 また、2回戦では報徳−横浜という好カードが組まれた。こちらとしては、「2回戦では惜しいな」と思う反面、「うざったい同士、つぶし合ってくれ」という感じであった。

 そして、8日目の第1試合終了後、3回戦の組合せ抽選が始まった。なお、この時点では、早実−鳥取西、報徳−横浜はまだ行われていなかった。この抽選の時、それこそ心臓がバクバクであった。「頼むから報徳とだけは当たらんでくれ」と願った。そして、例によって、抽選の場面から第1試合の勝利監督インタビューに画面が変わった。「早く抽選を映せ」とジリジリするなか、ようやく監督のインタビューが終わり、画面は抽選ボードを映し出した。そして目に飛び込んできたのは…。

報 横


園 浜
 対
早 鳥
稲 取

実 西


 まさに絶叫。そして頭を抱え込んだ。「いくらなんでも早過ぎる。できるなら横浜に出てきてほしい。でも、鳥取西の田子を打つことが先決だ」と、いろんな思いを頭が巡った。

 8日目の第4試合、報徳学園と横浜が激突した。早実ナインも、「横浜の方がやりやすいな」と言っていたというが、現に両チームの実力は報徳学園の方が上であった。愛甲からエースを引き継いだサイドスローの長尾はさして球威のない凡庸な投手だったし、打線も、片平、吉岡と前年の主力2人が残ったものの、破壊力もうまさも前チームの方が数段上であった。これに対し報徳学園は、4番でエースの金村を中心にパワーは大会随一。特に打線が力強かった。

 試合は4回表、ここまでノーヒットの横浜であったが、トップの山本がライト頭上をライナーで抜くツーベース。続く2番恵津のバントは野選となり、ノーアウト1、3塁。しかし、ここで3番の片平は金村の速球に押されてセカンドフライ。続く吉岡に期待がかかったが、なんと3塁ランナーの山本がサインミスで飛び出すという失態。吉岡もピッチャーゴロに倒れ、横浜は絶好の先取点のチャンスを逃してしまった。

 4回裏、報徳学園はノーアウト1塁から3番の左打者の石田に強攻させたが併殺打。ここでホッとしたのか、長尾は続く金村のインコースに甘い球を投じてしまった。大きなスイングでこれを捕らえた打球はレフトスタンドへ。全身ガッツポーズで金村がベースを1周してきた。

 さらに6回裏、2番キャプテン大谷のタイムリーツーベースで、四球で出ていた高原が長躯ホームイン。差は2点となった。7回にライト永田(現報徳学園監督)のまずいプレーから1点を返されると(永田はこの後、控えに回される)、その裏、金村が外角の甘いカーブを引っ張って、2打席連続のホーマー。金村は、偉そうに、「前の打席でインの球を打っているから、今度は外角に逃げてくると投球フォームでわかった」とぬかしていやがった。

 とどめは、8回裏の石田ライト前へタイムリー。これは、左打者対策でファーストからリリーフで出てきた島村から打ったものであった。結局、試合は3安打に押さえた金村の好投もあり、4−1で報徳が完勝した。

 まさに恐るべし報徳学園。選抜でもその潜在能力は評価されたが、夏の大会では勝負強さをつけての1、2回戦突破。ただ、この報徳学園さえ倒せば、あとはそう怖い高校もいないし、優勝できると思っていた。実際、早実−報徳は事実上の決勝戦とされたのであった。  

 さて早実−鳥取西戦であるが、この試合は、「早実打線もある程度田子を打ちあぐむだろうが、それ以上に鳥取西は荒木を打てないに違いあるまい。それに、たとえ田子を打てなくても、持ち前の機動力でなんとか1、2点は取るだろう」と楽観していた。

 試合は相手エラーで早実が2回表に1点を拾い、そのまま1−0で6回まで推移した。それにしても、早実打線は好投手にかかると非力さを露呈してしまう。6回までわずか2安打であった。一方、荒木は適当にヒットは打たれるが、要所を締めるピッチングを見せる。そして、7回表、ついに早実打線が田子をとらえる。9番松本、トップの小沢と連続タイムリー長打。さらに岩田がタイムリー内野安打。こうして試合は5−0と早実の快勝で終わった。なお、この試合でも解説の松永氏は、荒木のことばかりしゃべっていた。

 早実−報徳学園の前に、松本、工藤の大会を代表する好投手が明暗を分けたことに触れておきたい。今大会まで、3回戦は3日に分けて行われていた。すなわち、9日目に2試合、10日目と11日目に3試合ずつであった。そして、次の大会から3回戦は10日目と11日目に4試合ずつ行われるようになった。

 松本と工藤が登場したのは、それぞれ9日目の第3試合と第4試合であった。第3試合に登場した松本は1回戦で興南の竹下、2回戦で福島商の古溝に投げ勝っていた。古溝とは東北大会でつごう3試合投げ合い、1−1、1−0、1−0で松本が2勝1分けと投げ勝っていたが、きわどい勝負を演じていた。しかし、甲子園では、初回に古溝が乱れ、5−1と秋田経大付の一方的な勝利と終わった。福島商の関係者が、「なにも甲子園に来てまで対戦することもないだろうに」と、嘆くのもわかるクジのイタズラであった。

 秋田経大付の3回戦の相手は、香川代表の志度商。エースの白井はまるで前評判に挙がっていなかったが、左足を軸足である右足に絡めるようにして投げる独特のフォームから繰り出す速球で、1、2回戦で計1失点。とはいえ、松本とは物が違うし、打線も秋田経大付の方が上。

 が、やってみなければわからなのが高校野球。秋田経大付打線は白井の速球に押され、まるで打てない。さらに松本もこの試合は出来が良くなく、3回裏のタイムリーエラーの1点に抑えていたが、3、4点は取られてもおかしくない内容であった。ともあれ、試合は8回を終わって、1−0と志度商がリード。強豪が負けるパターンに秋田経大付は完全に嵌り込んでいた。

 9回表、秋田経大付は必死の反撃を試みる。ノーアウトから四球のランナーを出したが、続く景山は強行策に出て、外野への凡フライ。ここでベンチの古城監督はセオリー無視の盗塁のサインを出す。これは成功したものの、4番の鈴木はセカンドゴロに倒れ、ツーアウト3塁。迎える打者はここまでノーヒットの松本。しかし、松本は白井の速球を引きつけて、ピッチャーに向かって打ち返した。これが内野安打となり、ついに秋田経大付は土壇場で追いついた。

 ここで普通なら秋田経大付に流れが来るものだが、松本がこの試合で立ち直ることはなかった。10回裏、ワンアウト1、2塁から3番の2年生の左打者原田にレフトオーバーに快打され、ついに秋田経大付の命運は尽きたであった。

 それにしても怖いのは、甲子園に来てから予選とは見違えるようなピッチングをする投手である。今大会は志度商の白井がその例であった。なお、選抜大会では、福島商の古溝と大府の槙原に投げ勝った御坊商工の藪がその例であった。

※甲子園ではオリジナルのメロディを奏でる応援団が少なからずある。PL、天理、智弁和歌山、平安、近大付、上宮応援団が奏でるマーチは、高校野球ファンにとってはおなじみであろう。この大会で秋田経大付応援団がチャンスで演奏した曲は一種独特の迫力があり、その後、多くの高校の応援でその曲が取り入れられた。  

 第4試合は、この第3試合以上の熱戦となった。北陽の先発は右腕の吉岡。北陽は吉岡が試合を作って、左腕の高木がリリーフして逃げ切るというパターンで勝ってきた。しかし、実際は高木の方がはるかに安定感があり、吉岡はこれまでの2試合でもあまりいいところがなかった。

 そして、この名古屋電気戦、1回裏に4番・山本幸二(彼が打席に入ると、カープの山本浩二のテーマソングが鳴っていた)のタイムリーで名古屋電気が先制し、なおもチャンス。ここで北陽の松岡監督が早くも動き、投手を高木にスイッチした。工藤相手に2点目を与えるわけにはいかないと思ったのだろう。そして高木と工藤は左対左ということも、松岡監督の頭にあったと思われる。

 この作戦は見事に当たり、高木はこのピンチを切り抜け、以降、打たれながらも名古屋電気に追加点を許さなかった。その高木の頑張りが7回表の同点につながったといえよう。とはいえ、センターからのバックホームが暴投となっての1点は、いささか工藤には気の毒であった。

 試合は9回表を終わって1−1の同点。そして9回裏、名古屋電気はツーアウトから、9番の中井がツーベースでチャンスを作った。ここで北陽ベンチは、巧打者のトップ、キャプテンの中村を敬遠。2番の高橋との勝負に出た。しかし、高橋はセンター前ヒット。試合に決着がついたかと思われたが、センターが渾身のバックホーム。セカンドランナーの中井はホームで憤死し、熱戦は延長戦へと続いた。

 それにしても工藤は凄かった。落差が何10cmあるかわからないような大きなカーブで次々と三振を奪い、12回を終わって21奪三振。これほど落差のあるカーブを投げる左腕は、それまで見たことがなかった。いや、それ以降も皆無である。

 そして、この試合にも決着がつく時がきた。12回裏、先頭の中村がレフトポール際にサヨナラホーマーを叩き込んだ。サヨナラで敗れた松本とは好対照にサヨナラで勝った工藤。なにやらプロ入り後の両者の将来を暗示するかのようであった。

 そして、いよいよ決戦の時はきた。「笑ってる場合ですよ」の火曜レギュラーであったビートたけしも、「今頃、早実−報徳戦か。おいらも見たいな」と、生本番中に言ったというほどの注目カード。自分も試合前からこれほど緊張したことはなかった。手汗用の手ぬぐいと大量のティッシュペパーを置いてテレビの前に臨んだ。

 第2試合が終わり、早実ナインと報徳ナインがベンチに姿を見せると、緊張は極に達した。そして、メンバー発表の時が待たれた。間もなくテレビを通じて場内放送が流れてきた。「先攻、早稲田実業。1番セカンド、小沢君…」と聞いた瞬間、嫌な予感がした。「和田もバカの一つ覚えみてぇに先攻取ってんじゃねぇよ」と、思わず毒づく自分であった。

※和田監督はジャンケンに勝つと先攻を歴代キャプテンに選ばせていた。なんでも、早実は練習試合でも先攻ばかりだという。しかし、いったい何を考えているんだ? 高校野球は後攻が有利に決まっているじゃないか。しかもこの試合のように接戦が予想されるなら、なおさら後攻を取るべきだ。3、4年前の投手力が弱くて打力が抜群のチームや、荒木が1年生であった昨年のチームであったら先攻を選ぶのもわかるが…。  

 トップの小沢が打席に入り、高らかに試合開始のサイレンが終わった。果たして、試合終了のサイレンをガッツポーズで迎えられるのか、この時は神のみぞ知るであった。  

 1回表裏は、ともに3凡退という静かな立ち上がりであった。しかし、じっとりと手汗をかき、1イニングごとにションベンに行くという緊張ぶり。こんなに自分に負荷をかけて、果たして9イニング持つのだろうか?  

 2回表、早実は、小山四球、池田三遊間ヒットに送りバントで、1死2、3塁のチャンス。ここでバッターは7番の黒柳。当然スクイズが考えられる場面。そして、カウントは1−2となった。「おい、ここでスクイズはすんなよ」と画面に向かって大声をあげていたら、案の定、黒柳がバントを空振りし、スクイズは失敗。空振りの瞬間、大絶叫。こうして早実は先取点のチャンスをふいにしたのである。以降、早実打線は7回まで1本のヒットも打てなかった。しかし、本当に貧弱な打線だ。

 一方、荒木は快調であった。6回を終わってわずか2安打。崩れる気配もなかった。

 6回まできれいに12の0が並び、先取点を取った方が断然有利になる試合展開となった。果たして、先取点をどちらが取るのか?  

 7回表、早実は1死から、池田自身2本目、チームにとっても2本目の安打が出た。ここで早実ベンチは住吉にヒットエンドランを指示。そして住吉は金村の速球を右中間最深部へ持って行き、ついに早実が1点先取。この時の絶叫は、さぞかし近所迷惑であったろう。しかし、そんなもんは眼中にない。

 続く1死3塁のチャンスでは、今度は黒柳が強攻。見事センター前ヒット。住吉がガッツポーズでホームイン。さらに荒木が送った2死2塁で、松本がセカンド強襲打。打球がライトへ転がる間に3塁を回った黒柳は、ホームベースを抱きかかえるように3点目のホームイン。松本の二盗は小沢の凡退で実らなかったが、この息をもつかせない攻撃に、マウンドの金村は青息吐息。完全に顔色を失っていたのが画面からも見て取れた。

 7回裏、報徳の反撃が始まる。先頭の3番石田がセンター前ヒット。「これはやばいか」と、またじっとり手汗が出てきた。しかし、金村はヒットエンドランを空振り。石田をセカンドで刺した。その後金村はヒットを放ったが、一塁ベースに立った時、ヒットエンドランを失敗した自分を戒めるようにヘルメットを叩いていた。もはや試合の流れが早実にあるのは誰の目にもあきらかであった。  

 8回表、早実は先頭の2番岩田がフォアボール。ここで3番の高橋が送りバント。緩慢な一塁送球を見た俊足の岩田は、迷わず3塁を陥れた。そして、バッターは今大会ノーヒットの4番小山。解説の篠原一豊氏が、「ここはスクイズがあるかもしれませんね」と予想した通り、小山は初球スクイズを決めた。この4点目はダメ押しと思われた。なにせ得点の取り方が良過ぎる。

 この1点で早実ナインはキャプテンの高橋以下みんな、「勝った」と思ったという。そして、報徳ナインは金村をはじめ全員が「負けた」と観念したらしい。自分も、「次の相手は今治西か。4年前の雪辱戦だな」と思った。それが…。今こうして書いていても信じられない…。  

 8回裏、報徳学園は、1死後、やや疲れの見えた荒木から9番東郷、1番高原が連打。ここで手汗が出てきた。しかし、2番大谷はセカンド真正面のゴロ。すばやく小沢−黒柳−小山と渡り、「よっしゃ、併殺」と思ったが、1塁審判がセーフのジェスチャー。

 え、まじかよ? 完全にアウトだぜ。小山もそう思ったに違いあるまい、アウトとアピールするが如くファーストミットをしばらく掲げていた。そして、その小山の隙をついてセカンドランナーの東郷が好走を見せ、セカンドからホームイン。ホームインした東郷のガッツポーズが妙に印象に残っているが、この1点が入った時、実に嫌な予感がした。

 そして、迎えた9回裏。先頭打者は金村。金村は荒木のストレートをセンター前に打ち返したが、セカンドの小沢が回り込み、この打球を抑えた。そして一塁へ渾身の投球。タイミングは完全にアウト。しかし、またもセーフの判定。しばき倒すぞ、一塁塁審! 打った金村もアウトと思ったのだろう、なんとも言えない顔をしていた。

※アナウンサーの鈴木文弥氏も、「セーフにこそなりましたが、今の小沢のプレーは、今大会最高のプレー」と絶賛した小沢のスーパープレー。鈴木アナも、暗に「今のはアウト」と言いたかったに違いあるまい。  

 だが、差は3点。それに、これから打順が下位に回る。一人ずつ抑えてていけば勝てる。そう思ったが、5番・西原を2−1と追い込みながら痛恨のデッドボール。あまりにも悪い形でのランナーの溜まり方。もう完全に流れは報徳だ。全身から汗が噴き出してきた。

 続く岡部は初球のストレートを思い切り引っ張り、3塁線を突破。金村が全身ガッツポーズで生還し、4−2。なおもノーアウト2、3塁。もう口の中はカラカラ。次打者の若狭は2回にライト前ヒットを打っているので緊張したが、ここは荒木が三振に切って取った。「よし、あとは8番、9番。なんとかなる」と思った。

 8番には、途中から守備要員で入っている小柄な左バッターの浜中。「こんな右投げ左打ちのチビに、しかも守備要員に荒木が打たれるわけがない」と思ったのも束の間、甘く入った初球のストレートを流され、3塁線を抜かれた。誰の目にも同点はあきらか。このへん、どういうリアクションを取っていたか、もはや記憶にない。

※この9回の報徳の攻撃中にずっとかかっていた、阪神応援団がよく奏でる、「行け、立教健児」のテーマソングが頭を渦回っていたのを覚えている。だから、阪神応援団がその曲を演奏すると報徳戦の悪夢が蘇ったものであった。

 4−4に追い突かれた時点で、頭の中、真っ白。もういかんと思った。今度はワンアウト2塁とサヨナラ負けのピンチ。以下に登場するのは、前の回にともにヒットを放っている東郷と高原。もうずぅーと息が止まっている感じであった。

 東郷は3塁ゴロ。しかし、3塁高橋が一塁へ高い球。心臓が飛び出そうになったが、小山が伸び上がって取りアウト。続く高原も3塁ゴロを放った。これは落ち着いて高橋が処理した。ここに試合は延長戦に突入した。

 延長戦に入る前に、「もう流れは完全に報徳だ。それを変えるためにもここは芳賀誠の投入」と思った。そして、10回表の早実はあっさり三者凡退。

 「もう流れが悪過ぎる。ピッチャーを代えろ、和田」と絶叫したが、10回裏のマウンドにも荒木がいた。これを目にして、「おい、和田、何、やってんだ? ピッチャーを代えろ」とまたわめいたが、どうにもならん。

 10回裏、先頭の2番・大谷はセカンドゴロ。鈴木アナの、「ここに飛べば安心です」の実況通り、小沢が堅実にさばいた。続く石田には痛烈なライナーを打たれ、一瞬やばいと思ったが、ライト真正面でツーアウト。「よし、金村にホームランが出ねば11回だ」と思った。が、バッテリーは何を思ったのか、インコースへストレートを投げた。これを金村は巻き込んで、レフト線へツーベース。それにしても、よくぞホームランにならなかった。しかし、サヨナラのピンチ。またも口の中が乾く。

 西原をなんとか抑えてくれの願いも虚しく、肩口から入った甘いスローカーブをレフトオーバーに打ち返され、ついにサヨナラ。ニワトリが絞め殺されるような声が出た。金村がガッツポーズで3塁を回った時点でテレビのスイッチを切ったが、しばらく突っ伏したまま起き上がれなかった。当然、次の試合も見ていない。

 しかし、この試合展開で負けるかぁ。未だにあの9回の金村の判定が納得いかない。そして、8回裏のジャッジも。

 それにしても、ホント、甲子園に見に行かなくて良かった。みんな帰りのバスの中、「なんで帰んなきゃなんないんだよ」と、吐きまくっていたという。

 こうして早実の甲子園は終わった。もうあとは惰性で見るという感じであったが、報徳、いや金村だけにはなんとしても優勝させたくないとの思いがますます募った。

 迎えた準々決勝。今大会は数少ない強豪がここまで潰し合ってきたため、報徳と名古屋電気以外は、伏兵ばかりが進出きた。そして、準々決勝で今治西を降した報徳と、志度商の勢いを工藤の完封で止めた名古屋電気が準決勝でぶつかった。ここでまたしても強豪同士が当たるとは…。

 ここまでの3試合で工藤はわずか1失点で、自責点は0。一方の報徳学園は今治西戦では長打を打てなかったが、金村ら打線の猛威で勝ち進んできた。よって、この対戦は工藤対報徳打線が焦点となった。

 ところが、この試合、工藤はあきらかに不調であった。まるでカーブに切れがないのだ。これを報徳打線が逃すはずもなく、工藤は3点を失った。一方、名古屋電気打線は大会を通じて不発気味であり、この試合もさして好調とはいえない金村に1点に封じられてしまった。中でも8回チャンスを逸したのが痛かった。ツーアウト2、3塁で8番に打順が回ってきたのであるが、本来の8番打者で当たっている寺迫はすでに退いていたのであった。というのも、試合の流れを変えるためか、報徳の攻撃中に、名古屋電気の中村監督が寺迫を代えてしまっていたからである。「ここで寺迫君がいないのが痛いですねぇ」という解説の松永氏の懸念通り、途中から入っていた鈴木は見送りの三振に倒れてしまった。ここに報徳学園の決勝進出が決まった。

 決勝で報徳と顔を合わせることになったのは、大会前ノーマークの京都商であった。ただ、京都商の井口は、招待試合でPLから10三振を奪うなどその速球が注目され、OBの大投手沢村栄治にあやかって、沢村2世と呼ばれていた(また別所が怒りそうだが)。

 今大会の井口は始めは調子が出なかったが、3回戦の宇都宮学園の超拙攻に救われたことから息を吹き返した。この試合を1−0で乗り切ってからはカーブが切れ出し、準々決勝の和歌山工、準決勝の鎮西も完封し、決勝まで3試合連続無失点を継続中であった。しかし、いかんせんバックが非力で、どう考えても報徳の有利は否めなかった。だから京都商が勝つとしたら1−0しかないだろうと思った。とはいえ、なんとしても京都商に頑張ってほしかったのであるが…。

 そして迎えた決勝戦。とにかく京都商が勝つには、先に点を取るしかない。初回、京都商は2死2塁で4番の金原。ここで金原は、金村のクソ甘いカーブをショートへのゴロ。まさに千載一遇のチャンスを京都商は逃してしまった。

 1回裏、早くも見せ場がやってきた。ツーアウト2塁で、バッターは当たりまくっている金村。ここは真っ向勝負を挑んだ井口がカーブでスイングアウトの空振りを取り、井口に軍配が上がった。

 この後も井口は頑張った。しかし、7回、金村のヒットから作られたチャンスにスクイズを決められ、ついに1点をもぎ取られた。この1点は貧弱な京都商打線にとって致命傷であった。続く8回裏。ツーアウト1塁に金村を置いて、西原がヒットエンドラン。ライト前へ打球は転がり、これをライトが後逸。今大会何度も見せ付けられた金村のガッツポーズをまたまた見せられ、2点目。この西原のヒットエンドラン、1塁ランナーの金村がサインを出したという。それを聞いてよけいむかついたものであった。

 9回の京都商の攻撃もツーアウトランナーなし。ここでいつでもテレビのスイッチを切れるように手を伸ばしていたが(当時、リモコンなどなかった)、それが正解であった。最後の打者が三振に倒れた後の金村のガッツポーズを見ないで済んだのだから。そして、いうまでもなく、閉会式などに用はなかった。

 それにしても、今大会ほどサヨナラゲームが多かった大会もないであろう。もちろん、一番印象に残っているのは、早実が食らった試合である。そのほかにも、敬遠のボールがサヨナラ暴投になった下関商−熊谷商戦、サヨナラの打球がライト線上にポトリと落ちた京都商−前橋工戦、サヨナラに散った秋田経大付の松本、カクテル光線の中にサヨナラホーマーを打ち込んだ名古屋電気の中村、都城商の4番加藤のセンターバックスクリーンへのサヨナラホーマーなど、いずれも名状しがたいシーンの連続であった。

 この大会中、こんな不遜な奴がいるのかと思った金村がプロ入り後に数々の挫折を味わい、人間的に成長し、あの日刊ゲンダイに「好漢・金村」と書かれるまでなったのは驚きである。実際、金村は引退した1年目は、プロで実績があまりないこともあって、野球関係の仕事に恵まれなかったが、真摯な取材、丁寧な応対、巧妙なトークで、2年目から次々と仕事が舞ってきたという。そんなこんなで、自分も高校時代から抱いていた金村への嫌悪感は今はもうない。

 さて、あまりにも不運な形で甲子園を去った早実であったが、荒木を始め、好打好守の小沢、強打の池田、巧打の岩田、さらにはショートの黒柳、キャッチャーの松本と、好素材の2年生がごっそり残る新チームは、投打に抜群の戦力を持つものと思われた。事実、これほど攻守にまとまったチームも、早実史上例がないであろう。

 しかし、上には上がいることを、翌年の春、夏と知らしめられることになる。PL、箕島、明徳、そして池田…。



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