1982年

選抜

 
ハイレベル5強の争い


 
 今にして思えば、今大会ほど強豪校のレベルが高かった大会もなかったのではないだろうか。実力上位とされた箕島、上尾、早実、PLの4校は、それほど投打のバランスが取れていた。

 それを裏づけるように大会を展望した毎日新聞の記事には、「箕島、上尾、早稲田実、PL学園が文句なく優勝候補に挙られる」と出ていた。また朝日新聞も、「上尾、早実、PL学園、箕島が総合力で勝る」と書いていた。  

 この4強のうち、多くの人が優勝候補筆頭と考えていたのが箕島であった。あの尾藤監督をもって、「今年のチームには期するものがある」というほどのチーム。そして早実の和田監督も、「国体の時に和歌山工の監督から、『箕島は相当のチーム力を持っている』と聞かされました」と、秋の時点から箕島に一目置いていた。

 今大会の箕島の売りは、なんといっても打力であった。4割バッターが先発中6人もいるという、どこからでもヒットが出る打線。しかも尾藤監督の指示で決して大振りはしてこないスキのなさ。さらに伝統のバント攻撃など小技もお手のもの。言ってみれば春夏連覇した時のような打線がさらにスケールアップしたのだから、まさに相手にとってこれほど嫌な打線もなかっただろう。

 ただ、低めを丹念につくエース・上野山が若干安定感を欠き、秋の大会ではやや失点が多かったのが懸念された。しかし、「報知高校野球」は上野山の真の力を評価し、投打とも95点をつけて箕島を優勝候補の本命に推していた。

 東日本で最も高い評価を得ていたのは早実ではなく上尾だった。上尾の強みは左腕・日野という制球力抜群の絶対的なエースの存在であった。埼玉大会、関東大会を通じて連続70イニング連続無失点を継続中の日野は、「江川さんの記録が目標」と強気に言い切っていた。

 また打線も4番の富田を中心に力を秘め、ベテランの野本監督も、「これまでで最高のチーム力」と、大旗取りへ自信を漲らせた。実際、主催の毎日新聞は上尾を優勝候補筆頭に挙げていた。  

 そして、百戦錬磨の荒木が健在の早実。しかし、秋の荒木は甲子園疲れか不調で、都大会の準決勝、決勝では打ち込まれた。特に準決勝の日大二では8回裏に相手エースの片岡に同点ホーマーを浴び、7−7の同点に追いつかれるという体たらく。さらに9回裏にはノーアウト満塁のピンチを迎えた。ここはなんとか踏ん張ったが、7−7で日没再試合となった。

 再試合では強打の日大二打線を1点に抑え7−1で勝利したものの、決勝で再び二松学舎打線に荒木が打たれ、8回を終わって2−4とリードを許していた。そして、9回表も2アウト2塁。ここで2番の岩田がフォアボールを選んだ。これが早実にはラッキーであった。3番の池田が左対左をものともせず、左の好投手・市原から右中間に同点のツーベース。さらに、板倉、黒柳が連続長打。とどめに松本がホームランを放って8−4で勝った。とはいえ、荒木の不調が早実の評価をやや下げる要因となったことは否めない。にしても、相変わらず早実は先攻ばかりだ。

※秋季大会は、学校の授業のことを考慮して専ら土、日に行われる。しかし、都大会は東京6大学と日程が重なるため、神宮第二球場で行われる。神宮第二球場は箱庭のように狭く、「あ、外野フライだな」と思った打球がしばしばホームランになることもある。そのうえナイター設備がないため、日没引き分けとなることも少なからずあるのだ。

 ただ上記からもわかるように、新チームの早実は、前チームよりも打力が大幅にアップしていた。3番に強打の池田が座り、4番には1年生の板倉が台頭した。また、小沢にはうまさにパワーが加わり、荒木の打力も向上。さらに前チームから残った黒柳、松本、岩田、萱原もそれぞれ持ち味を発揮し、秋の時点では打力が投手力を上回っていた。それは、神宮大会の決勝戦で明徳・弘田から2ホーマーを放って5点を奪ったことからもわかろう。明徳の名伯楽・松田監督も、「打力がある」と早実の強打を認めたほどであった。したがって、「荒木が本調子になれば」の期待を抱かせた。

 春連覇を狙うPLも好チームに仕上がった。特に投手陣の充実が著しかった。なにせ、防御率0.38の榎田を始め、右の本格派が3人。そして高校野球の最高水準を行く抜群の守備力。昨年の吉村のような傑出した打者はいないものの、打線もトップの佐藤以下、好打者揃い。

 つまり、高いレベルでコンパクトにまとまり、穴が全くないのが今大会のPLであった。朝日新聞は、「投手力を含めた守備力が大きな比重を占めることから考えると、PLが最強」としていた。実際、その実績からして、箕島とともにPLを恐れる監督、選手も多く、荒木をして、「もう箕島でもPLでも来いって感じですよ」と、箕島、PLの方を自分達より格上に位置づけるほどであった。

 これら4強と実力は全く五分と自分が思っていたのが四国実力bPの明徳である。今年の明徳の実力は玄人筋から高い評価を得ていて、「報知高校野球」においても「初出場で狙うは初優勝」と紹介され、戦力評価も、投手力90点、打力95点と、文句なしのA評価を受けていた。

 エースの弘田は、カーブを主武器としたコントロール抜群の好投手であった。打線も打率こそ高くなかったが、トップの堀尾以下、清水、藤本、下崎と長打力を秘めた打者が並び、彼らは何度も池田の豪腕・畠山を打っていた。

 事実、明徳の戦いぶりは天晴れであり、新チーム結成以来、連勝街道を驀進。秋季高知大会も決勝戦で高知商を6−0で破って楽々優勝。そして四国大会1回戦では、夏に全国制覇をすることになる池田を1−0で葬っていた(明徳は、新チーム結成間もない練習試合においても池田を3−0で破っている)。ただ、強敵・池田を破った安心感からか、次の丸亀商戦で不覚を取ってしまった。しかし、四国実力bPの評価に変わりはなかった。

※秋の時点では池田打線は未完成であった。そのため全国一の剛速球投手・畠山が見殺しにされることも少なくなく、実際、徳島大会決勝戦でも打線が鳴門商の下手投げ・山中に完封されている。この敗戦が池田には痛かった。徳島2位となり、高知1位の明徳と四国大会の1回戦で顔が合ったのだから。

※全国有数の実力校同士のこの試合、1回裏に出た明徳・下崎のタイムリーによる1点で勝負が決まった。その後池田も反撃に出たが、本塁に突っ込んだランナーが刺されたり、7番・水野がノーアウトから3塁打を放ったチャンスにスクイズをはずされたりと、序盤のチャンスを立て続けに逃す拙攻。後半はチャンスすら作れず、またもや打線が畠山を見殺すということになった。これに怒った畠山の母親は、「うちの子が活躍したのに監督のせいで負けてしまった」と畠山を自宅の車で連れて帰り、蔦監督を唖然とさせたという。また松田監督にも、「お前(蔦監督)のやろうとしていることは、みんなわかる」と、せせら笑われてしまった。蔦監督、臥薪嘗胆の時であった。
 

 これら5強に続くのは、荒井、高井の左の3、4番が脅威なうえ、2年生エース三浦の成長が著しい横浜商、大型選手が揃う愛知、エース川相と4番の大型打者・本間の活躍で中国大会を制した岡山南であった。  

 これだけ強豪校の戦力が充実していると、強豪同士の対決がどの時点であるか、そして最初につぶし合うのはどこかということが大きな焦点になる。しかし、抽選の結果はとんでもないことになった…。  

 選抜の抽選はテレビ放送されないので、お昼のニュースで結果を見るしかないのであるが、1日目、2日目の組合せがアナウンスされても、まるで強豪校の名が出てこない。3日目の第3試合でやっとPL学園の名前が読まれた。そして4日目。アナウンサーが、「4日目は東西の優勝候補が次々と登場します」と言い、画面に映し出された第1試合は、「上尾−箕島」の文字。まじで大絶叫。そして第2試合に明徳、第3試合に早稲田実の名が…。ということは、2回戦で上尾−箕島の勝者と明徳、あるいは明徳と早実がやるという組合せ。また、PLと上尾−箕島の勝者が2回戦で対戦する可能性も考えられた。

 結局、トーナメント表を見たら上尾−箕島の勝者と明徳が2回戦で対決することがわかった。さらにその勝者とPLが準々決勝で当たり、そしてここを勝ち進むと、早実と準決勝で当たる。そのうえ横浜商、愛知、岡山南も早実ゾーンに集中。強豪がこんな極端な偏りとなった大会は後にも先にもない。

 それにしても、東西の両横綱とされた箕島と上尾が1回戦で当たるとは…。日刊スポーツにも片肺飛行のような組合せとあったが、もう1回抽選をやり直してほしいような感じであった。  

 大会展望が最も詳しく書かれていた毎日新聞には、「箕島−上尾の勝者がそのまま決勝戦に進むのではないか」とあったが、これを読んで、「ことはそう単純でない」と思った。というのは、この勝者は勝ち進むと、明徳、PL、早実に次々に当たるという極めつけの組み合わせとなっているからである。

 ただ、朝日新聞の「PLが最強」というのには承服しかねた。それは、大会前にPL関係者が「うちが名前負けするのは箕島ぐらいだが…」と言っていたように、自分も箕島の方がPLよりも格上と思っていたからだ。しかし、大会後、朝日新聞の慧眼を思い知らされるにことになる。  

 強豪の登場がしばらくないということもあって大会は静かに始まった。序盤で印象に残ったのは、中京が難敵と思われた桜宮に巨漢の2年生・野中の好投で完勝したことと、大会一の速球投手といわれた千葉商大付の平沼(ロッテ時代に、清原にバットを投げつけてられたことで知られる)が尾道商の機動力に屈したことくらいであった。

 さて、5強の先陣を切って登場したのはPL。相手は、東北大会で優勝した東北。大柄な金子をエースにパワーが売り物の東北であったが、この試合ではPLにまるで歯が立たずに終わった。スコアは4−1であったが、スコア以上の実力差。とくに昨年決勝で奇跡的な同点打を打った佐藤のシャープな打撃と榎田の快速球が目についた。朝日新聞の「最強はPL」に疑問を感じたものであったが、このPLの恐るべき実力に、「もしかしたら朝日の言う通りかも」と思った。  

 そして大会4日目の第1試合、いよいよ箕島と上尾の対決の時を迎えた。日野は完封宣言をしていたが、「相手が相手だけに、それは絶対にない」と思っていた。朝日新聞も、「箕島は小技も得意だけに日野も苦戦しそうだ」と予想していた。

 第1試合をテレビで見ると、中継が始まる前に先頭打者が打ち終わっているケースが多いが、NHKのスポーツテーマ曲がかかって画面が映し出されると、箕島のランナーが送りバントで3塁に送られるシーンであった。なんでも初球をいきなり箕島のトップ打者・杉山がライナーでレフト前へ持っていき、レフトのまずい守備でセカンドへ進んだという。まさに嶋田が高松からいきなり3塁打を打ったことを思い起こさせるシーン。そしてバントで進んだ杉山をキャプテンの岩田がきっちりと犠牲フライで還し、いきなり箕島が先制。日野の無失点記録はあっさりと破られた。  

 この辺の速攻はいかにも箕島という感じであるが、実はこの試合で、尾藤監督は左腕の日野対策ということで、打順をいじっていた。本来のトップバッターの江川(えかわ)が左打者ということで6番に下げ、2番の右の杉山をトップに上げ、6番を打っていた山田を2番に入れていたのであった。それにしても、従来の1、2番コンビの江川と杉山は凄かった。ともに小柄ながらパンチ力を持ち、秋の大会では初回から2人が連続ホーマーしたこともあったという。  

 その後日野は立ち直り、2、3回は箕島の攻撃を3者凡退に退けた。この間に上尾の反撃が期待されたが、箕島の上野山の出来が素晴らしく、低めに決まる伸びのあるストレートに強打の上尾打線が全く手が出ない。

 初回の1点でも十分という感じあったが、箕島は4回に追加点を技と力であげた。上尾守備陣の連続エラーで迎えた1死、1・3塁から5番の泉がスクイズ。さらに江川が歩いた1、2塁から7番の住吉が右中間にスリーベース。後に日本ハムにドラフト1位指名される住吉が7番だったのだから、箕島打線の凄さがわかろうというものであろう。  

 5回までパーフェクトに押さえられていた上尾であったが、6回に幸運な内野安打、四球、さらに上野山の暴投などでようやく2点を返した。この失点は上野山には不運であったが、この2点でにわかに試合の行方がわからなくなった。

 しかし、取られたら取り返すのが箕島。8回表、3番の岩田がライナーでレフトへホームラン。さらに4番の南村がツーベース。バントで送られた1死後、江川が左打者が左投手を打つお手本のようなバッティングでレフトへライナーのヒット。これで完全に勝負が決まった。

 結局、試合はそのまま6−2で箕島が快勝した。箕島打線は8安打を放ったが、そのうち6本が長打。そして、朝日新聞が「投の箕島ともいえる上野山の好投」と書いたように、抜群の安定感を見せた上野山のピッチング。優勝候補同士の一戦で投打に磐石の力を見せつけた箕島。果たして、早実は準決勝でPLあるいは箕島に勝てるのであろうか?  

 続く第2試合。四国中のチームから畏怖されていた明徳がついにベールを脱いだ。相手は滋賀県の瀬田工。日本ハムで活躍した西崎は2番手投手であったが、この西崎も打って、明徳は11−0で瀬田工を蹴散らした。相手がそれほど強くなかったとはいえ、明徳の実力も相当なものがあることも白日のもととなり、箕島と互角の勝負になることが予想された。

※このまま雨で流れないで順調に大会が進むと、箕島−明徳戦は4月1日に行われる。しかし、この日は大学の入学式。なんとか途中雨で流れてくれと思ったのであるが…。  

 4日目の第3試合、5強のしんがりとして早実が登場した。対するは、近畿随一の好投手といわれた松岡を擁する西京商。解説の松永氏は、「松岡君と早実打線の対決」とこの試合を評したが、早実打線なら少々の好投手なら打てるだろう、そして荒木が多少不調でも西京商の貧打線ならば押さえられるだろうと、高をくくっていた。  

 実際、早実打線は4回に、板倉、荒木、上福元のタイムリーで3点を先行。追加点を取れなかったのには納得いかなかったが、この3点で十分であった。荒木はそう好調とは言えなかったが、9回の1点に抑え、早実は余裕を持って西京商を降した。  

 強豪ゾーンとは反対ゾーンでは、中京が前評判通り、順調に勝ち進んだ。中京のエース・野中は中学時代から注目され、全国中学大会決勝戦の解説をしていた川上哲治氏も野中の将来性を高く評価していた。中京の甲子園100勝目がかかった2回戦の大成戦でも野中は好投し、4番森田の2試合連続のホームランの1点を守り切った。

 ここに迎えた大会7日目。第1試合ではPLが登場。そして、第2試合は箕島−明徳の大一番。さらに、第3試合では早実がダークホースの岡山南と対戦。3試合とも絶対に見逃せない試合であった。

※この日に入学式に出ろというのが無理な話しである。親に散々嫌味を言われたが、そんなのは眼中になかった。  

 PLの相手は、丸亀商を打ち合いの末に破った浜田であった。名前からしても、1回戦の内容からしても、「これはPLの相手じゃないな」と思った。

 ところが、浜田のエース・川上が1回戦とは見違えるようなピッチング。アンダーハンドからの曲球は、左打者が2番の清水しかいないPL打線を翻弄した。しかし、少ないヒットが有効打となるのがPL。4回表、それまでパーフェクトに抑えられていたPLは、1番の佐藤がライト前へうまいヒット。その佐藤をこの日4番に入った松田がライト前へのタイムリーで迎え入れ、1点を先取した。

 PLのこの試合の先発はエースの榎田ではなく、2番手の飯田であった。2番手とはいえ、飯田も右の好投手。飯田は、1回戦で打ちまくった浜田の打線を抑え込んだ。この辺の投手起用は中村監督ならではであろう。

 しかし、点を取ったその裏の4回、浜田は先頭の清水(中日−西武)が3塁打。ここで浜田の若き新田監督は意表をつく作戦に出る。ノースリーからのスクイズが見事に決まって、浜田は1−1の同点に追いついたのだ。この場面は、PL相手にスクイズが決まるという珍しいシーンであった。

 同点に追いつかれたPLは、6回表、今度は佐藤が意表をつくセーフティーバントで出塁する。そしてまた松田のタイムリーで1点を勝ち越し。するとその裏から満を持してエース榎田が登場。榎田は持ち前の速球で4イニングをノーヒットに抑え、ここにPLのベスト8進出、そして箕島−明徳の勝者と戦うことが決まった。

 スコアこそ2−1であったが、PLは余力を持ってのベスト8進出という感じで、さらにその実力を見せつけた感があった。 翌夏にも2番手の藤本を先発させ、エースの桑田をリリーフで使うという投手起用を見せた中村監督であるが、投手起用といい、4番打者の変更といい、この辺の采配はさすがであった。

 そして注目の箕島−明徳。明徳もベラボーに強いが、1回戦の上尾戦での戦いぶりから、自分は箕島が3−2か4−3で勝つのではないかと思っていた。つまり、この試合はレベルの極めて高いロースコアでの点の取り合いとなると思ったのである。

 試合は1回裏、箕島がいきなりチャンスを迎えた。相手が右腕ということで本来のトップに戻った江川が右中間にツーベース。杉山が送り、岩田が歩いて、バッターは4番の南村。

※本来の4番は左の強打・畑山であるが、畑山は秋以来不調をかこっており、南村が入っていた。南村も4割バッターであり、上尾戦でツーベースを打っている強打者であるが、実際は4番目の打者という感じであった。


 このピンチに明徳の弘田はあくまで冷静であった。持ち前の丹念に低めをつく投球で、南村、泉を連続で3塁ゴロに切って取った。このピンチを凌いだ弘田は、その後、箕島打線を完全に押さえ込んだ。

 一方の上野山も絶好調。上尾戦を上回る出来で、明徳に快打を許さない。こうして、ある程度の打ち合いが予想された試合は完全な投手戦となった。しかし、ともに強打が自慢だけに、いつ打棒が炸裂するかというスリルがあった。

 それにしても、明徳・弘田、箕島・上野山の完成度の高いピッチングは見事の一言であった。ともに剛球投手でないのでコントロールとコンビネーションが生命線なのであるが、弘田は低めのカーブ、上野山は低めの伸びのある直球がともに抜群の切れで、両者とも非の打ち所がない投球内容。これでは、ともに「報知高校野球」が95点をつけた打線も火の吹きようがない。とくに箕島はほとんどランナーが出ないのだから、尾藤監督としても手の打ちようがなかった。

 試合はついに9回裏へ突入。箕島は簡単にツーアウトとなったが、5番・泉、6番・山田が連打し、ツーアウトながら、1・3塁のチャンス。ここで山田は盗塁を試み、万が一のキャッチャーの悪送球を狙った。しかし、明徳バッテリーはこの策に乗らず、盗塁を相手にしなかった。結局、弘田は低めの速球で住吉をセカンドゴロに仕留めた。

 強打を誇る両チームだけにスコアレスで延長に入ったのは意外であったが、延長に入ると、さすがに両投手とも疲れからか若干制球が甘くなり、ポツリポツリとヒットが出るようになった。しかし、両投手とも決定打は許さない。そして延長戦はいつしか13回へと入った。

 13回表、明徳は途中からサードに入っていた9番・梶原(かじはら)が幸運なレフトへのツーベースでノーアウト2塁のチャンスを掴んだ。完全に1点勝負であるから、強気の松田監督も強打のトップ・堀尾にバントをさせ、明徳は1死3塁の大きなチャンスを作った。

 ここでスクイズを警戒し過ぎた上野山が2番の小谷を歩かせた。そして、打者はここまでノーヒットの3番・清水。当たっていないとはいえ、3番の清水だけに打たせるものと思われたが、スクイズを敢行。箕島のお株を奪うように、これが見事に決まって明徳がついに1点を先取した。

 さらに、ツーアウト2塁から、背番号10の4番・藤本が上野山の速球をセンターオーバーに大3塁打。点差は2点となった。延長に入ってからの2点。しかも依然として弘田は好調。さしのも箕島もこれまでかと思われた。

※スクイズを処理したサードの山田は、先制点を意表でつく形で取られたことに動揺したのか、その一塁への送球は短く、ワンバウンドになってしまった。ファーストの泉はいったんはじいて素手で拾い直したが、どう見ても打者走者はセーフであった。もし打者走者がセーフとなっていたら、ビッグイニングになっていたかもしれない。  

 13回裏、箕島の攻撃はトップの江川から。尾藤監督は、「相手がやれることがお前達にやれないはずはない」とゲキを飛ばした。しかし、江川は詰まった当たりのピッチャーゴロ。2点を取らねばならないところを先頭打者が、それも巧打の江川がアウトになったのはあまりにも痛い。

 が、このまま終わらないのが箕島のたる由縁。2番の杉山が甘く入った直球をセンター前へ快打。甘い球とはいえ、よくこの土壇場で打てるもんである。続く3番の岩田も、外角のストレートをうまいバッティングで、1、2塁間突破。もしやの期待が嫌がおうにも高まった。しかし、次打者の南村はボテボテのサードゴロ。ただつまったのが幸いし、ランナーはそれぞれ進塁した。  

 バッターは5番の泉。弘田はセカンドランナーを無視して振りかぶって投げてきた。まさに一球入魂。しかし、泉の打撃は弘田の気迫を上回り、1−0からの外角低めに決まった難しいカーブを掬いあげるように、ショートオーバーに打ち返し、箕島は土壇場で2−2の同点に追いついた。そして延長14回の攻防となった。  

 延長14回の表、さしもの上野山の制球が定まらず、6番・国沢、7番・下崎を連続で歩かしてしまった。さらに8番武田のバント処理にもたつき、オールセーフ。ピンチはノーアウト満塁と広がった。

 梶原は浅いレフトフライでワンアウトになった。続くバッターはトップの堀尾。またしても松田監督はスクイズを命じたが、箕島バッテリーはそれを読んで外角にはずした。堀尾はかろうじてバットを当て、なんとか失敗を免れた。

 しかし、ヒッティングに切り換えた堀尾は次の球をセンター前へ快打。国沢が躍り上がるようにホームイン。さらにセカンドランナーの下崎も猛然と突っ込んできたが、これはカットに入った江川の好返球と住吉の固いブロックで刺された。とはいえ、またしても箕島は1点を追う形となった。  

 やっと追いついたその後すぐに突き放されると、もう反撃する余力はないものであるが、箕島にそんな常識は通用しない。その裏、箕島はワンアウト後、途中から畑山に代わって入っていた木戸がセンターオーバーにツーベース。うまいセンターならいったんグローブに入りかけていただけに処理していたであろう。これでまた流れが箕島に傾きかけた。場内もまた箕島が追いつくんじゃないかという雰囲気になった。  

 次の9番上野山の代打・藤本がサードゴロエラーに生き、ワンアウト1、3塁。まだ箕島は1点ビハインドであったが、もう完全に押せ押せ。トップの江川に対してスクイズを警戒し過ぎた明徳バッテリーは、ストレートのフォアボールで江川を歩かせ、ワンアウト満塁とさらにピンチを拡大してしまった。

 迎える打者は2番の杉山。杉山は、「もし凡退しても、次の岩田がなんとかしてくれる」とリラックスして打席に入ったというが、実は知らぬが仏で、岩田には前回の一打同点の場面で代走が送られていたのだ。杉山は内角に甘く入ったカーブを思い切り引っ張り、三塁線を突破。ついに箕島が試合をひっくり返し、4−3でサヨナラ勝ちを収めたのであった。  

 それにしても凄い試合だった。3年前の星稜戦を思い起こさせるような劇的な試合。レベルといい、その内容といい、自分が見た選抜の試合ではこの試合がベストバウトだと思う。  

 明徳の松田監督は、チーム力からして当然優勝を狙って出場してきたのだろう。試合後、「武蔵が若い小次郎に負けた」と言い残して、甲子園を去って行った。しかし、これが松田監督、最後の甲子園での姿となった。この試合の心労や落胆もあったのか、76歳の松田監督は、約半年後、帰らぬ人となったのである。  

 これで勝った箕島は、明日の準々決勝第3試合でPLと対決することになった。またしても近畿の超大物同士が甲子園で顔を合わすことになったのである。この試合が事実上の決勝戦になることは誰の目にも明らかであった。

 続く第3試合では、早実が岡山南を一蹴した。岡山南の好投手・川相から速攻で2点を奪った早実打線は5回にも追加点を挙げ、荒木が丁寧なピッチングで岡山南を4安打でシャットアウト。とくに4番の左の大型打者・本間を完全に封じたピッチングが光った。

 強敵と思われた岡山南に完勝した早実にも、優勝のチャンスは十二分にあると思われた。ただ、問題は、PL−箕島との勝者と準決勝で顔を合わせることであった。というわけで、準々決勝の相手である横浜商はほとんど眼中になかったのであるが…。  

 迎えた準々決勝の第1試合は二松学舎が郡山を4−3、第2試合は中京が5−3で尾道商をそれぞれ降し、ベスト4へ勝ち名乗りを挙げた。これにより準決勝第1試合は二松学舎と中京の対決となった。  

 そして、いよいよ近畿勢同士の化け物対決。お互いに手のうちを知り尽くしたうえでの顔合わせは、1点を争うのは必至と思われた。

※近畿大会の準決勝で顔を合わせた両者は、この日のことを想定していたのだろう、お互いエースを先発させなかった。試合は吉井が6安打2点と好投し、箕島が3−2でPLを破った。

 毎日新聞が「PLは大量点は望めない」と箕島有利のニュアンスの予想記事だったのに対し、朝日新聞は「箕島は先取点がほしい」とPLに分があるような書き方をしていた。自分としては、「実力は全く五分。でも、上野山が先発なら、前日の疲れからある程度打たれるだろう。いかな強打の箕島も榎田からは2、3点がせいぜいだろうから、吉井を先発させた方がいい」と思っていた。  

 しかし、箕島の先発は上野山であった。吉井も好投手であるが、まだ新2年生と経験が浅いことから、尾藤監督は、疲れてはいるものの、上野山の気力と経験にかけたのであろう。  

 また、この試合で注目されたのは、どちらが後攻を取るかということであった。ともに奇跡の神話を持つ者同士なうえ、接戦になるのは火を見るより明らかであったから、後攻になった方がそれだけで優位に立つようなもんである。結局、後攻はPLであった。  

 試合は物凄い緊張感の中で始まった。1回表、榎田の快速球に江川、杉山の1、2があっさり倒れた。しぶといこの2人が初回にともに凡退したのは今大会初めてである。しかし、続く岩田がセンター前へポテンヒット。さらに南村がライト前へライナーのヒットを放ち、5番の勝負強い泉に期待がかかった。ところが、榎田の球威に押され、泉は浅いセンターフライ。「これは痛い逸機になるな」と嫌な予感がしたが、その通りであった。

 1回裏、PLも先頭の佐藤がフォアボールで出てバントで送られたが、上野山の踏ん張りで無得点。初回からハラハラするようなこの展開。いったい9回まで心臓が持つのだろうか?  

 その後、両投手が好投し、2回の表裏、3回の表とともに三者凡退。特に榎田の出来が素晴らしかった。試合前、「箕島打線は怖くありません」と言っていたと島村アナが紹介した通り、140kmの快速球を外角低めにビシビシと決め、力で箕島打線を封じた。

 3回裏、PLは2死からトップの佐藤がヒットで出塁。すかさず盗塁を決めた。この辺の佐藤のセンスは、本当に素晴らしかった。

 2番の清水は四球でランナーが埋まり、バッターは3番の久保田。ここで久保田は、真ん中に入ってきたストレートをライト前へ。南村の懸命のバックホームも俊足の佐藤を刺せず、PLに待望の先取点が入った。そして、送球の間にランナーは2、3塁に進んだ。が、ここは上野山が気力で4番の松田をポップフライに打ち取った。もしここで1本出ていたら試合は壊れていただろうから、上野山の粘りは見事であった。しかし、この1点が箕島に大きくのしかかった。

 この後の箕島の反撃が期待されたが、4回、5回も三者凡退。これでつごう4イニング三者凡退と、箕島は反撃のきっかけすらつかめなかった。

 そして5回裏、PLは、星田と佐藤の短長打でワンアウト2、3塁と絶好の追加点のチャンス。しかもバッターは、PLで最高打率を誇るうるさい左の清水。例の「KO、箕島!」のコールが鳴り響く中、清水の当たりは、前進守備をしていたセカンド・江川への鋭いゴロ。江川は取るやいなやのバックフォームで星田を刺し、PLの追加点を阻んだ。この攻防のレベルの高さは、高校野球では一頭地を抜いているという感じであった。

 6回表、箕島の攻撃は、ワンアウトから江川がうまいバッティングで三遊間を突破。実に久しぶりのランナーが出た。ここで尾藤監督は、2番の杉山に送りバントを指示。「随分と弱気な作戦だな。そんなに榎田がいいと見たのかな」と思ったが、杉山はバント失敗。続く岩田も詰まったサードゴロ。そして7回表も4〜6番が凡退。いよいよ箕島の敗色が濃厚となってきた。

 8回表は7番に上がっていた木戸から。木戸は左中間へうまく流した。「よし、ツーベースだ」と思ったが、レフトの井島がジャンプ一番でこの打球を抑えた。セカンドまで走っていた木戸も信じられないといった表情であったが、これは完全な負けパターン。2死から上野山の代打に本来の4番の畑山が出てきた。しかし、1発ホームランを狙ったようなムチャ振りで空振りの三振。箕島は追い詰められた。

 上野山のピッチングも見事であった。昨日の疲れをものともせず、強打のPLを1点に封じたのだから。この上野山の好投に応えるためにも箕島の反撃が期待されたが…。

 9回表、箕島の攻撃はトップの江川から。江川はショートに鋭いゴロを打ったが、佐藤が軽々とさばいてワンアウト。しかし、続く杉山がセンター前へライナーで打ち返して執念の出塁。この辺の杉山の胆力は大したものである。

 ワンアウトだが、尾藤監督はまたしても送りバントの作戦。今度は3番の岩田がうまく転がした。そして慌てた榎田が一塁に高投。箕島は土壇場で1死2、3のビッグチャンスを持った。昨日の今日ということもあり、場内も凄い雰囲気となった。

 このチャンスに打者は4番の南村。ボール、ファール、ボールでカウントが1−2となった。「スクイズはするなよ。はずされるぞ」と思っていたが、強攻。しかし、球威に押されてファールとなり、2−2となった。

 ここで、あろうことか、箕島ベンチはスクイズを敢行。決まればナイス作戦だったが、南村はスリーバント失敗。これで流れが止まってしまった。続く5番の泉も榎田の速球に食い込まれ、ピッチャーゴロ。ここに近畿の化け物対決は、PLの1−0の勝利に終わった。  

 この試合は勝ち負け以上に、あの強打を誇った箕島打線がここまで抑さえられたことがショックであった。また、箕島のくじ運の悪さが気の毒でしょうがなかった。初戦から上尾、明徳、PLと超Aクラスのチームばかり。これではどんな強豪も力尽きてしまう。

 と同時に、PLの底力の凄さにあらためて恐怖を感じた。正直、明日の準決勝で早実がPLに勝てるは気がしなかった。

 第4試合は、早実−横浜商の京浜対決となった。横浜商は、荒井、高井の左のチビッコ3、4番の猛打が売りのチームであった。とくに荒井は秋だけで16ホーマー。2年生エースの三浦も秋に大きな成長を遂げ、1、2回戦を無難に勝ち上がってきた。とはいえ、総合力は早実が明らかに上。負けるはずはないと思っていた。

 事実、試合は序盤から早実が押しまくった。そして、5回裏、松本、小沢、岩田が3連打して1点を先取。さらに続くワンアウト満塁で、3番の池田がポップフライに倒れて追加点が取れなかったのは痛かったが、これで荒木も少しばかり楽になると思われた。しかし、続く6回裏もワンアウト満塁を併殺で逃してから雲行きが怪しくなった。

 7回表、横浜商は2アウト2塁で、バッターは7番のピッチャー・三浦。こんなひょろっこいバッターに、ここまで快調に飛ばしている荒木が打たれるはずがないと楽観していたが、真中の好球を三遊間に打ち返された。レフトが浅かったので突入したランナーを刺せると思ったが、レフトの池田は名うての弱肩。楽々とホームインされてしまった。そして、その間、三浦は果敢にセカンドへ進塁。さらに池田の悪送球で三浦はヘッドスライディングで三塁へ。この辺の三浦は怖い物知らずって感じであった。  

 「今は流れが悪いな。でも、ここを凌げばまた流れは早実に来る」と思っていたが、凌げねぇ。またも荒木のストレートが甘く入り、8番のキャッチャー・塚元にまたしても三遊間に打たれてしまった。マークしていた荒井は完全に抑えていたのに、ノーマークの下位バッターに連続タイムリーされるとは…。

 この自分が絡んだ逆転劇に気を良くした三浦は、持ち前の大きなカーブではなく、インコースにビシビシと直球を決め、その後、早実打線を完全にねじ伏せた。荒木は9回に暴投で追加点を許し、万事休した。こうして荒木は4度目の正直もならなかった。

 それにしても、早実の後半のモロさ、勝負弱さはいかんともし難い。また、一度逆転されると再逆転する粘りのなさも不治の病といえよう。

 もし早実が横浜商に不覚を取らずに準決勝でPLと対戦していたら…。1−1で迎えた10回裏に、勝負強い佐藤か、うざい清水にサヨナラ打を食らって吐き倒れていたような気がする。「それに比べればまだいいか」と思ったが、そんなのは何の慰めにもならなかった。

 これで、もうPLの春連覇は見えた感があった。「対決した場合には多少PLに善戦するかも」と思っていた中京が二松学舎に思わぬ敗北を喫した時、それは確信に変わった。

 とはいえ、準決勝のPL−横浜商は好試合になった。「この試合、横浜商が勝つには荒井、高井の活躍が是非とも必要」と思ったが、期待に違わず、3回表、2死1、2塁から高井が榎田の快速球を左中間に打ち返した。この一打で荒井も一塁からあっという間に生還(荒井は太っていたが、足は速かった)、横浜商は逆転に成功した。

 しかし、このままPLが引き下がるはずがない。5回裏、ワンアウト2塁で、2番の清水がライト前へ快打し、1、3塁。このチャンスに3番の久保田がスクイズを決め、2−2の同点。この辺の中村采配はイチイチ的を射ていた。

 このまま試合は2−2で膠着状態となったが、試合は、8回までPLを4安打に押さえた三浦の好投もあり、横浜商が押していた。

 ところが、9回裏、この先発出場していた7番の俊足・加納がフォアボールで出塁し、二盗(この辺の選手起用も見事)。ツーアウト後、当たっていなかった9番の榎田がセンター前へ。キャプテン荒井の必死のバックホームも及ばず、加納がサヨナラのホームイン。敗れても爽やかな笑顔の若い三浦と号泣するキャプテン・荒井が見事なコントラストを描いたサヨナラ劇であった。

 この結果、PL−二松学舎というカードが決勝戦になった。誰がどう見てもPLが圧倒的有利。その通り試合は一方的なPLのペースとなった。1回表、先頭の佐藤がいきなり初球をホームラン。この1点でもう先が見えた。  

 二松学舎の左腕・市原も踏ん張ったが、力の差はどうにもならなかった。初回にもう1点取られ、5回にも追加点を奪われる。そして7回には大量5失点。その後もサンドバック状態となり、結局、終わってみれば15−2の大差。市原は前日の中京戦で根も精も尽きていたようだ。  

 この試合も大活躍だったのが佐藤であった。5回と7回の得点にも、ヒットで出塁した佐藤が絡んでいた。解説の松永玲一氏も、「こんなトップバッターは見たことがない」という、見事過ぎるリードオフマンぶりであった。実際、アンチPLの自分にとって佐藤ほど怖いバッターはいなかった。

※松永氏ほど毀誉褒貶の激しかった解説者のいないのではないか? ちょっと前までは、「嶋田(箕島)君が最高のトップバッター」と言っていたのであるが…。  

 こうして今選抜はPLの2連覇で幕を閉じた。そして、残る荒木の優勝のチャンスは夏だけになってしまった。しかし、その前に立ちはだかるPL、箕島、明徳の3強。果たして、荒木はこの3強の堅塁を突破して、悲願の大旗をつかむことができるのであろうか?



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