サッカー話

 
 プー太郎生活3192日目。

 ティップネスから帰宅して、昨晩遅くに録画したスペインワールドカップでのブラジル-アルゼンチンを再生した。

 実況・水野アナ、解説・岡野俊一郎さんのはブルーレイにダビングしていて、100回以上は見ている。

 昨晩のは、当時の試合を流しながら、内山アナが実況、都並氏と北澤氏が解説というスタイルであった。

 都並氏と北澤氏はわしと世代が近いということもあって、興味深いエピソードを幾つも聞けた。

 また、内山アナの下調べぶりには舌を巻いた。

 その中で特に印象に残ったものを挙げたい。

 
①5月5日に当時のアルゼンチンの監督だったメノッティ氏が亡くなったことをアルゼンチンサッカー協会が明らかにしたこと 

 メノッティ監督は、前回のアルゼンチン大会に引き続いての監督であった。

 アルゼンチン大会では優勝が義務づけられていたが、そのアルゼンチンを指揮したのは、当時39歳のメノッティ監督。

 39歳の青年監督には余りにもプレッシャーが重い役目だったが、見事に優勝に導いた。

 メノッティ監督がヘビースモーカーというのは知っていた。

 しかし、内山アナの1日3箱という紹介には耳を疑った。

 それでよく85歳まで生きたものである。

 ②前回のアルゼンチン大会では、ジーコと当時のブラジルのコウティーニョ監督がうまくいっていなく、7試合中、2試合しか先発出場がなかったこと 

 コウティーニョ監督はテクニックより体力重視だったから、テクニシャンのジーコは重用されなかったわけか。

 アルゼンチン大会のブラジルは一次リーグが2分けスタートであった。

 それでファンがコウティーニョ監督に激怒し、ファンがリオの海岸で監督の葬式をしたというエピソードがある 

 
③ブラジルのセンターフォワードを務めるはずだったカレッカが大会3日前に怪我をしてチームを離脱したこと 

 カレッカが怪我で外れたことは痛恨であった。

 なにせカレッカの代わりがウドのセルジーニョになったからである。

 カレッカがセンターフォワードたったら、イタリアに負けることはなかったであろう 

 
④この試合の前のアルゼンチン-イタリアでのジェンチーレのマラドーナへのラフプレーぶり 

 アルゼンチン-イタリアを都並氏はスタジアムで観戦していたそうである。

 それでマラドーナにワンツーマンでマークしていたジェンチーレが、マラドーナがフリーキックを蹴る際、マラドーナの腹を蹴っていたのを見たという。

 ジェンチーレの汚いプレーは有名だが、そこまでたぁ。

 
⑤ファルカンが日本代表の監督だった際、テクニックをほとんど教えず、練習で選手を走りまくらせたこと 

 北澤氏によると、ファルカンは規律にクソ厳しかったとか。

 当時、ファルカンは40歳。それでも日本代表の選手よりも遥かに上手かったくせぇ。


 スペインワールドカップでのブラジル-アルゼンチンであるが、ブラジルが黄金の4人の活躍で、3-1で完勝した。

 特に3点目のジュニオールのゴールが鮮やかだった。

 左サイドバックのジュニオールが左サイドを駆け上がって、ジーコからの必殺スルーパスを受け、ゴールを決めた。

 岡野さんが、
「落ち着いてゴロのシュート。フィジョール、ノーチャンスですね」と言った解説も見事であった。

 
※フィジョール…アルゼンチンのゴールキーパー。前回のアルゼンチン大会では何度もビッグセーブを披露し、大会ベストイレブンに選ばれた。

 それにしても、黄金の4人のプレーは素晴らしかった。

 ジーコが29歳、ソクラテスとファルカンが28歳、トニーニョ・セレーゾが27歳と、全員が全盛期。

 ブラジルのテレ・サンターナ監督が、
「私の夢のチーム」と言ったのもむべなるかなである。

 当時のチームを知っているブラジル国民の多くは、
「黄金の4人のチームが史上最高のチーム」と思っているそうである。

 ここからワールドカップでの二次リーグの話をしたい。

 74年の西ドイツ大会、78年のアルゼンチン大会、82年のスペイン大会では、二次リーグ方式が採用された。

 西ドイツ大会とアルゼンチン大会は参加国が16。

 それを4つのグループに分けて一次リーグを戦い、勝ち残った8チームを2つの組にして二次リーグを行った。

 そして、それぞれ1位となったチーム同士が決勝戦、同じく2位となったチーム同士が3位決定戦に進出するという方式であった。

 アルゼンチン大会まで参加国は16か国だったので、アジアとアフリカからは1か国ずつしか参加できなかった。

 アジア、アフリカ勢にとっては、ワールドカップ出場はクソ狭き門だったのである。

 スペイン大会の参加国は24。

 その24か国を4チームずつ6つの組に分けての一次リーグであった。

 そして、一次リーグを勝ち残った12か国を3か国ずつ4つのグループにして、二次リーグを行った。

 二次リーグC組は、ブラジル、アルゼンチン、イタリアという、とんでもなく厳しいグループとなった。

 わしは、ワールドカップ史上、この組が最も厳しい組だと思っている。

 岡野氏も、
「この組はきつかったですねぇ」と、ダイアモンドサッカーの番組内で言っていた。

 その正に死の組に対して、D組はフランス、オーストリア、北アイルランドって、あんだ、そりゃ。

 今のところ、二次リーグ方式はスペイン大会が最後となっている。

 アルゼンチン大会での二次リーグでは片八百長が行われ、スペイン大会での二次リーグは日程面で不公平感があったからである。

 後者に関しては、ブラジル-イタリアが端的な例であった。

 二次リーグ最終戦のブラジル-イタリアは、ブラジルは中2日での試合、イタリアは中5日での試合だった。

 それでは体力面で大きな差があったことは南海権左でもわかる。

 そもそも3チームによるリーグ戦に無理があったわけだ。

 だが、わしは、決勝トーナメント方式よりも二次リーグ方式の方が好きである。

 決勝トーナメントは負けたら即帰国で、スリルはあるものの、呆気ないからである。

 その点、二次リーグはサッカー大国同士の試合を多く見られるという魅力があった。

 話は全く変わって、声優の増山江威子さんが亡くなったことに驚いた。

 あれほど官能的な声の声優を、わしは知らん。

 増山江威子さんはルパン三世の峰不二子の声であまりにも有名だが、わしにはキューティーハニーの声の方が印象深い。

 ハニーのあの声は、子供には刺激が強すぎた。

 ここに増山江威子さんのご冥福をお祈りしたい。

 さて、これからゲンダイの木曜版を読むとするか。

 もうタイムラグには慣れたわ。慣れとは恐ろしいものである。了
 

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