北の富士、逝去
プー太郎生活3360日目。
今朝、日刊スポーツの「北の富士、死去」の一面に、「えっ」という大声が思わず出た。
各スポーツの一面が北の富士の訃報だったから、昨晩のうちにニュースが駆け巡ったのであろう。
解説を1年半も休むという長患いをしていたので、この日が来ることは覚悟はしていたが、いざ現実となるとショックである。
大鳴戸親方抹殺事件などもあり、毀誉褒貶ある人物だったが、わしも北の富士の口八丁に魅了されていたわけだ。
実際、あれだけ聞かせる解説者は他にいない。
わしは、北の富士が解説の日をいつも楽しみにしていた。
北の富士の「今はわけのわからない四股名の力士が多いね」など、一刀両断の物言いが好きだったのである。
また、こちらの言いたいことを言ってくれた。
既に負け越しが決まっていた逸ノ城が千秋楽の相撲であっさり負けた一番についてである。
「逸ノ城が、まぁ、やる気がないね、1つも」には爆笑したものである。
もうあの口上が聞けないのか。本当に残念だ。
北の富士の現役時代は記憶にある。
北玉時代と言われた頃は、もう1人の横綱の玉乃海がライバルだった。
わしは玉乃海が急逝したニュースを床屋のラジオで聞いた。
その時、「北の富士、男泣き」と報じられたのを覚えている。
北の富士の現役時代の取り組みで印象に残っているのは、初代貴乃花との一番での庇い手である。
庇い手かどうかで審判団の協議が延々と続き、放送終了の午後6時を大きく過ぎても中継が続けられた。
あとはガキの頃だったし、それほど印象に残っていない。
解説者として大功労者だったことからして、NHKは年内に北の富士の特集番組が組むであろう。
その番組で北の富士の解説を流してくれることを期待している。
ここに北の富士氏のご冥福をお祈りしたい。
横浜-明徳義塾は、北の富士の訃報を知ったことで呆然としながら観ていた。
結果は横浜の2-0。見事な投手戦であった。
横浜の2得点を少ないと思ったらいかん。
なにせ明徳義塾のピッチャーは先の夏の甲子園でも好投した池﨑だったのだからな。
しかも、左腕の池﨑に対して、横浜は1番から7番まで左バッター。
それでも2点取ったことに横浜の強さを感じた。
東洋大姫路が二松学舎に勝てば、東西の横綱が準決勝で顔を合わせる。
果たして、両校ともエースを先発させるだろうか?
選抜大会での対戦を見越して、手の内を見せないことも考えられる。
第2試合は大塚のクリニックに行ったことで観られなかった。
沖縄尚学が勝つと思っていたが、敦賀気比が打ち勝った。
って、どうにも右ブロックの試合には力が入らん。
先月、大塚の薬局でマイナンバーカードを持って来るように言われ、その通りにしたが、提示を求められなかった。
そんなものを携帯したくないので、帰宅して、即、しまい込んだ。
薬剤師によって対応が違うのはわかるが、まったくもってハガかったわ。
当然のことながら、今日の大相撲中継は中入りで北の富士を偲んだ。
玉ノ井親方も舞の海も喪服じみた格好であった。
数え切れないくらい北の富士と掛け合いをした舞の海が憔悴しているように見えたのは錯覚か?
さて、今日の相撲である。
隆の勝が敗れ、琴櫻と豊昇龍が勝ったことで、大関2人が1敗でトップに立った。
こうなるとカギを握るのが大の里であることは南海権左でもわかる。
その大の里は尊富士を寄せつけなかった。春場所の借りを返したわけだ。
大の里は脱落したが、優勝争いから目が離せないので、残り3日間が楽しみである。
今日のアメリカ戦は快勝であった。
もっとも、5番手と6番手のシャワシャワなピッチングのお陰ではあったが。
とはいうものの、じじぃ左腕のヒルに翻弄・トイトイされた4回まではイライラしたわ。
しかも、5回表に隅田が変わりっぱなをホームランされた。
が、ヒルが降板してくれたことで逆転に成功し、そのまま押し切った。
それにしても驚いたのは、クロネンワース、ルッカ―、ボームという売り出し中のメジャーリーガーが前回大会に出場していたということである。
ということは、今回の代表メンバーにも近い将来にメジャーリーガーとして活躍する選手が居るのだろう。
もう1つ驚いたのは、元DeNAのパットンがまだ現役で、メンバー入りしていたことである。
それからして寄せ集め感が否めなかったことは確かである。
今も北の富士ショックを引きずっている。
あの口上をまた聞きたかっただけに。
そして、今も北の富士の声が頭の中を巡っている。
最後に例の一言を。
「人は皆、死ぬ。例外なんてねぇのさ」(アカギ) 了