サッカーより重要なラマダン


 イスラム教徒は、その教典であるコーランによって、一日に5回メッカに向けてのお祈り、ラマダン月の断食、一生に一度のメッカへの巡礼などが義務づけられている。これらの義務のうち、最も苛酷であるのがラマダン月の断食だろう。

 イスラム教の第九の月をラマダンという。ラマダンの間は、イスラム教徒は夜明けから日没まで一切の飲食をしない。断食は、1年間に犯した罪を償い、忍耐力や連帯感を養うために行われる。病人、妊婦、旅行者、戦闘中の兵士などは断食を免除されるが、後に同じ日数の断食をしてイスラム教徒としての義務を果たす。

※ラマダン月では、1日の断食が終わると一家で豪勢な食事を楽しむ。それでイスラム教徒の人達は、ラマダンの断食でむしろ太ってしまうことも多いという。

 イスラム暦は、ヒジュラの行われた622年7月16日を紀元元年1月1日とし、1年を354日、12か月に分ける太陰暦を採用している。そのため太陽暦の月とは微妙に異なる。

 1982年のスペインで開催されたワールドカップサッカーにおいては、フランス・クウェート戦がちょうどラマダンの時期と重なってしまった。クウェートの選手は、全員が敬虔なイスラム教徒である。「彼らはサッカーと宗教とどちらを選択するのか?」と注目を集めたが、彼らは当然の如く忠実に断食を行った。

 ワールドカップは通常6月から7月にかけて行われる。北半球ではこの時期、最も日が長い。しかも、日本より高緯度に位置するスペインでは8時頃まで日が落ちない。

 試合はまだ日が明るいうちに始まったため、クウェートの選手は12時間以上も飲まず食わずの状態で試合に臨んだ。もともと実力差があるうえに、これではどうにもならない。案の定、クウェートの選手は、プラティニ、ジレスらの華麗なパス回しについていけず、1―4で完敗してしまった。

 実はこの試合、もう一ついわくがあったのである。それは、3−1とリードしたフランスがさらに追加点を奪うべく、クウェート陣内深く攻め入っていた時に起こった。突然、観衆席から笛が鳴ったのだ。それを審判の笛と思ったクウェート・DFは一瞬プレーを止めてしまった。しかし、フランスのMF・ジレスはいさい構わずにプレーを続け、ゴールを挙げた。

 これに怒ったのが、貴賓席で観戦していたクウェートの王子様である。王子様は貴賓席からピッチに降りてきて、「笛が吹かれたんでクウェートの選手をプレーを止めたんだ。今のゴールは無効だ!」と猛抗議し、選手を引き上げさせてしまった。それでやむなく審判はジレスのゴールを無効とした。

 これに収まらないのはフランスチームである。もしこの試合がクウェートの放棄試合になったら、規定により2−0でフランスの勝ちとなる。しかし、一次リーグの第一戦をイングランド相手に1−3で落としているフランスにとって、これでは間尺に合わない。そこでやむなくゴール無効を飲んだのであった。結局、試合は、終了直前に右サイドバックのボッシがオーバーラップからゴールを決め、帳尻を合わせた結果となった。

 この王子様の行為は大いに物議を醸したが、王子様はサッカー好きでクウェート国民からは愛されていた。しかし、その王子様は、1990年8月にイラクがクウェートに侵攻した際に殺されてしまったのだった。


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