幻のユーゴ・ドリームチーム:後編

 1990年代に入ると、スロベニア、クロアチア、マケドニア、ボスニア=ヘルツェゴビナが連邦からの独立を次々と宣言し、ユーゴスラビア連邦を離れていった。

 そして、セルビア人とモンテネグロ人以外の民族の選手達に決断が迫られる時がきた。そのうち、真っ先に代表を辞退したのは、ボバン、スーケルなどクロアチアの選手であった。

 セルビア人とクロアチア人はかねてから折り合いが悪かったのだ。第二次世界大戦中には、クロアチア人によるセルビア人の虐殺事件もあった。

 それでもGKのイビコビッチ(クロアチア人)は、それまで苦楽をともにしてきたメンバーと戦うことを宣言していた。

 しかし、「クロアチアの裏切り者」として、家族までが脅迫される事態になり、イブコビッチは、手紙で泣く泣く代表からの辞退を知らせてきた。その手紙は代表が召集された時、選手の前で読まれ、誰もがイブコビッチの苦しい胸のうちを理解したという。

 こうしてクロアチアの選手達はチームから脱落していったが、ユーゴ代表は欧州選手権の優勝を目指し、スウェーデンの首都・ストックホルムに乗り込んできた。しかし、彼らを待っていたものは…。

 スウェーデンで欧州選手権が開催されたのは1992年であったが、当時、独立勢力と連邦維持勢力との間で内戦状態となっていた。そして、国連平和維持軍が派遣され、ユーゴスラビアは様々な制裁を受けていた。その制裁の一環でユーゴスラビア代表の国際舞台からの排除が決まった。

 ストックホルム空港に降り立ったユーゴ代表チームにもたらされたのは、欧州選手権からの排除のニュースと、そのままユーゴスラビアに帰還しろとの命令であった。ユーゴ代表チームの誰もがこのあまりにショックな事態に凍りつき、キャプテンのストイコビッチは絶望のあまり胃の中のものをすべて吐き出してしまったという。

 ユーゴ代表は失意のままベオグラード空港のタラップを降りた。しかし、そこには彼らを励ますために幾多のサポーターが押しかけてきていた。その時、スコイコビッチらユーゴ代表の面々は、「いつか制裁が解けたら、彼らのためにユーゴ代表として死ぬ気でプレーしよう」と、涙で誓ったのであった。


 結局、1992年の欧州選手権は、デンマークが準決勝でオランダ、決勝でドイツを倒して優勝を飾った。このデンマークはユーゴと予選で同じ組になり2位となったため、予選で敗退したのだが、ユーゴの出場停止で代替出場してきたのであった。「自分達が予選で退けた国が代替出場で優勝をした」…。この救いようのない事実をストイコビッチらはどうような思いで受け止めたのだろうか?

 そして、ユーゴの国際舞台からの排除は1996年まで続いた。そのためユーゴ代表は1994年のアメリカワールドカップの予選は参加することすらできなかった。

 また、クロアチアも1994年のアメリカワールドカップに出場することが許されなかった。つまり、ストイコビッチ、サビチェビッチ、プロシネツキ、スーケル、ボバンらは、全盛期にワールドカップのピッチに立つことができなかったのである。

 1996年秋、1998年のフランスワールドカップ予選の試合のため、ストイコビッチは勇躍、ベオグラードへ飛び立った。ストイコビッチがベオグラード空港に降りると、そこには一足先に着いていた昔の仲間が待っていた。サビチェビッチが、ユーゴビッチが、ミハイロビッチが、そしてミヤトビッチが満面の笑みで出迎えてくれたのだ。それは4年ぶりの熱き再会であった。

 ストイコビッチ率いるユーゴ代表は、懸命にワールドカップを戦った。その結果、スペイン、チェコという強敵と同じ組になった不運を乗り越え、見事ワールドカップに出場を遂げた。しかし、ワールドカップ本選においては、30歳を超えていたストイコビッチ、サビチェビッチらは全盛期のパフォーマンスを見せることはできず、決勝トーナメント1回戦でオランダに敗れ去った。

 もしユーゴスラビアが崩壊せず、全盛期にあったスコイコビッチらがアメリカワールドカップに出場していたら…。以下は、その「ユーゴ・ドリームチーム」のフルメンバーである。しかし、夢は夢のまま終わってしまった…。

GK イビコビッチ(クロアチア)…マラドーナのPKを止めた男
DF 
ユーゴビッチ(セルビア)…抜群の運動量を誇った万能選手
   
ミハイロビッチ(セルビア)…世界一のフリーキッカー
   
ビリッチ(クロアチア)…堅固な長身ストッパー
   
ヤルニ(クロアチア)…左利きの快速アウトサイダー
MF 
ボバン(クロアチア)…クロアチアの誇り
   
プロシネツキ(クロアチア)…バルカンの黄金銃
   
サビチェビッチ(モンテネグロ)…天才と呼ばれた男
   
ストイコビッチ(セルビア)…ユーゴ不動のエース
FW 
パンチェフ(マケドニア)…スーケルを凌ぐ点取り屋
   
スーケル(クロアチア)…フランスW杯の得点王


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