W杯スペイン大会B

〜黄金の4人〜

 大会前、ブラジルの世論は真っ二つに割れていた。攻撃的MFはジーコとソクラテスで決まっていたが、守備的MFをトニーニョ・セレーゾにするか、ファルカンにするか、答えが出ないでいたのである。  

 ファルカンが召集される前は、国内でプレーするトニーニョ・セレーゾがレギュラーで、サブの一番手は守備に強いバティスタということになっていた。しかし、テレ・サンターナ監督がセリエAのASローマで大活躍していたファルカンに目をつけ、最後の切り札としてチームに入れたことから世間が騒々しくなったのである。  

 トニーニョ・セレーゾは守備の能力以上に攻撃的センスとシュート力が買われ、抜群の運動量を誇っていた。一方、教科書の見本のようなプレーをするファルカンの評価も高く、「人気ではジーコだが、実力ではファルカン」という声が多く聞かれた。さらにあのペレが、「私の真の後継者はファルカンだ」と言っていたほど、ファルカンは高評価を得ていたのである。

 一次リーグの第1戦のソ連戦は、トニーニョ・セレーゾが出場停止になっていたので、何の問題もなくファルカンが起用されたが、第2戦のスコットランド戦の先発が問題となった。

 ここで名将・テレは画期的な選手起用をする。トニーニョ・セレーゾとファルカンを同時にピッチに立たせたのだ。

 そのために右ウィングのイシドロを外し、それによってできた右サイドのスペースに中盤の4人が機を見て進出するというやり方を採用したのである。こうして後に伝説となる‘黄金の4人’が誕生したのであった。

 4−3−3が主流であった当時は、その方式に懐疑的な意見を呈する者も少なくなかった。しかし、結果がそうした意見を封殺した。

 4人はそれぞれが完璧な個人技とコンビネーションを見せ、スコットランドを4−1で粉砕し、ニュージーランドを4−0で一蹴する。そして、迎えた二次リーグ初戦のアルゼンチン戦で彼らのプレーは永久の語り草になったのである。  

 スペイン大会に二次リーグは変則的で、3チームで総当たり戦を行い、1位となったチームが準決勝に進出するというものであった。

 ブラジルが入った2次リーグC組は、ブラジル、アルゼンチン、イタリアと非常に厳しい組み合わせとなった。それでも誰もがブラジルが勝ち抜くと確信していた。

※一次リーグを振り返っても仕方がないが、アルゼンチンがベルギーで負けないで一次リーグを1位で突破していたらブラジルと違う組になっていたのであるが…。また、イタリアがポーランドに勝っていれば、ポーランドがこの組に入っていたのであった。

 二次リーグC組で最初に顔を合わせたのは、アルゼンチンとイタリアであった。

 この試合、一次リーグで徐々に調子を上げて行った「アルゼンチン有利」との声が多かった。しかし、マラドーナを密着マークしたジェンチーレをはじめ、イタリアDF陣は、こすからいプレー、いや厳密には汚いプレーでアルゼンチンの攻撃を封じた。

 そして、得意のカウンターから2点を奪い、まずイタリアが1勝を挙げた。

 イタリアの卑怯な戦いぶりに激怒したアルゼンチンのメノッティ監督であったが、イタリアのカウンターは切れ味が鋭く、事実上はアルゼンチンの完敗であった。

 当初の予定ではブラジル−イタリア戦が先に組まれていた。ただし、最後まで興味を持たせるため、初戦で勝ったチームは第3戦に登場させることになっていた。

 そのため、ブラジル−アルゼンチンが先に行われることになった。これが後に微妙な影を落とすことになる。

 ブラジル−アルゼンチンでは、アルゼンチンは引き分けた時点で二次リーグ敗退が決まるだけに積極的に攻撃を仕掛けてきた。

 しかし、先取点は前半10分過ぎにブラジルが挙げる。エデルの強烈なフリーキックがポストに当たって跳ね返ったところをジーコが押し込んだのである。

 以降も、ブラジルが黄金の4人を中心に華麗なプレーを存分に展開する。その中心にいたのがジーコである。

 ジーコは次々とピンポイントパスを通し、自らもシュートを放った。ソクラテスは再三にわたり巧みなヒールパスを見せ、ファルカンは何度なく際どいシュートを打った。そして、トニーニョ・セレーゾも積極的に攻撃に参加した。

 ブラジルの2点目は後半20分過ぎであった。右サイドのオープンスペースへ走り込んだファルカンにジーコからパスが出る。ファルカンは、キーパーが出て来れないところにクロスを上げ、これを難なくセンターフォワードのセルジーニョが決めた。このファルカンが出したクロスは完璧であり、ウドの大木・セルジーニョでも楽にゴールできたのであった。

 3点目はジーコの絶妙のスルーパスから生まれた。左サイドで攻撃に出たジュニオールがいったんジーコにボールを預け、ジーコが左サイドを駆け上がったジュニオールに完璧なパスを出す。ここでGKと一対一になったジュニオールが落ち着いてGKの出鼻をゴロのシュートで破ったのであった。

 絶望的状況になったアルゼンチンであるが、ただ1人、キャプテンのパサレラが懸命のプレーを見せる。それは感動的ですらあった。

 しかし、試合終了間際、開幕戦以来ずっと密着マークにさらされ、思うようなプレーができなかったマラドーナが若さを爆発させる。

 味方プレヤ−が反則されたことに激昂したマラドーナがバティスタの腹に蹴りを入れ、退場になったのである。

 試合終了直前にラモン・ディアスが意地で1点返すが、まさに焼け石に水であった。

 こうしてブラジルは南米のライバル・アルゼンチンを完璧なサッカーで叩きのめし、前大会の溜飲を下げたのであった。

 アルゼンチンを全く寄せ付けなかったことで、全世界の人々がブラジルの優勝を確信した。どの国があの完璧なコンビネーションを封じられるのか。  

 しかし、ドリームチームのブラジルにも弱点が2つあった。これまでの圧勝からそれが露呈することはなかったのであるが…。


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